晴読雨読 2

 前回の「晴読雨読」で申し述べたように、stay homeの期間は、読書をする格好の機会だと考えております。しかし、管見の限りでは推薦する本を発信してくれる方が少ないようです。アルベール・カミュの『ペスト』(新潮文庫)とダニエル・デフォーの『ペスト』(中公文庫)はだとして、それ以外に今だからこそ読むべき本は何か。作家の平野啓一郎氏と、法政大学総長の田中優子氏が、教示してくれた本をぜひ紹介したいと思います。

 まずは「ヤフー・ニュース」のインタビューにおける、平野氏のお話です。
 ―コロナ後の社会をどう生きればいいのでしょうか?
 かなり長期にわたってトラウマを引きずるはずです。傷を癒やすためには、2020年代が丸々費やされるかもしれない。今後そうしたテーマの文学や芸術もさらに増えるでしょう。「生活が変わる」という事実を受け入れて、いかに生きていくか。そのための具体的な解決策のヒントを手に入れるためにも、本や芸術、文化は必要不可欠です。
 ―新潮社によると、1947年にフランスの作家アルベール・カミュが発表した小説「ペスト」の文庫版は2月以降に15万4000部増刷され、累計発行部数が100万部を超えました(2020年4月現在)。
 最近あらためて読んだのは鴨長明の『方丈記』です。火事・竜巻・飢饉・地震という不幸のオンパレードで人が死に続け、結局は「社会の安定を目指さない」という、近年提唱されてきた「持続可能な社会」とは正反対の認識に達している。その結論に全て同意というわけではなく、隠遁でよいのか、ということも含めて、災害が頻発する時代の日本で生きることを考えるうえで、興味深い一冊だと思います。
 次は「アエラ・ドット・コム」が紹介した、田中氏の学生に対するメッセージです。
 「私が大学一年生の時に授業で知り、心をゆさぶられた本があります。石牟礼道子が書いた『苦海浄土』です。誰も予想していなかったことが起こった時に、原因のわからない病、いわれない差別など現実に起こっていることと、その当事者たちの心の中の言葉の両方を記録した名作です。現実の観察と内面への想像力、両方が必要であることがよくわかる作品です。第一部だけでもいいですが、第三部まで読むと、事態を社会的な主張にまで共につなげていく、人と人の連帯の力が見えてきます」(大学ウェブサイト、4月13日)
 『方丈記』と『苦海浄土』、ご明察ですね。理不尽で甚大な災禍に襲われた人間を描いた名著です。二冊とも本棚にあるはずなので読み直してみようかな、発掘に時間がかかりそうですが。

 僭越ながら、私も一冊紹介したいと思います。それはジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』(新潮文庫)、世界恐慌による1930年代の経済不況によって、オクラホマ州の小作地から追い立てられ、カリフォルニアに楽園を夢み、流れて行く季節労務者ジョード一家を描いた長編小説です。一家の動きを描く章と、当時の社会を鳥瞰的にとらえたり作者の考えを述べたりする章が、交互に配されている構成となっています。まずは企業や銀行による野放図で容赦のない利潤追求の様子が克明に描かれます。機械化にともなう農民からの土地の取り上げ、低賃金による労働者の酷使、そして暴力をともなうストライキ潰し…
 土地を奪われたジョード一家は、おんぼろトラックに全財産を積み込み、苦心の末カリフォルニアにたどり着きます。しかしそこで彼らを待っていたのは、農園での過酷な労働でした。こうした状況に対して、労働者たちのストライキや抗議が各地で散発的に起こりますが、企業家や資産者は警察や自警団(彼らも貧しい労働者!)を駆使して弾圧します。主人公のトム・ジョードは思い悩んだすえ、家族と離れ、こうした戦いに加わることを決意します。そして残された家族を必死で守ろうとする母親。しかし彼女は、“やつらが、あたしたちを根絶やしにできるもんかね。だって、あたしたちは人民だもの―生きつづけるんだもの”(下p.88~9)と語るように、トムとは違った意味で強い人間です。そのジョード一家を襲う大洪水、かろうじて逃げ延びた彼ら、そして息を呑むようなエンディングをむかえます。
 拙い要約でしたが、この小説がはなつ魅力の一端でも伝われば幸甚です。

 コロナウイルス禍による大不況が、1929年の世界恐慌とならぶ、あるいはそれ以上のものとなる予測がなされている今、酷似した状況に置かれた当時の農民や労働者がどう闘ったのか。必ずや参考になるところが多々あると思います。富裕者は権力者は、この大惨事に便乗して、社会や政治や経済のシステムをより自分たちに有利になるように手ぐすねを引いていることでしょう。安倍首相の改憲へのこだわりもその一つだと思います。それに抗うために何より必要なのは、貧しい人びと・弱き人びと・虐げられた人びと・差別された人びとの団結だと、この小説は力強く教えてくれます。それは富裕者や権力者が最も恐れることであり、それを防ぐためにあらゆる手練手管を使ってそうした人びとの間に分断という楔を打ち込もうとするでしょう。それを見抜くための知性や理性を身につけるには、やはり読書が最良の手段ではないでしょうか。

 家にいよう、本を読もう。民衆を犠牲にして世界規模での金儲けをするというパラダイムを変え、同時進行で環境破壊を食い止める。気が遠くなり溜息が出るような大きな課題ですが、そのために熟考する時が今だと思います。家にいよう、本を読もう。
by sabasaba13 | 2020-05-04 08:09 | 鶏肋 | Comments(0)
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