青森・秋田編(6):六ヶ所村原子燃料サイクル施設(05.9)

 それにしても、この原子力発電に対する政府の異様な拘りが理解できません。エネルギー対策や国家安全保障という面だけではなく、想像を絶するような莫大な利権がからんでいるという漠然とした思いがあります。私が原発に反対なのは、やはり危険性ですね。地震や米軍機・自衛隊機墜落による事故、そして放射性廃棄物。その可能性は低いのかもしれませんが、もし起きた場合には文字通り取り返しがつかないことになります。まあ国も原燃もそれは十分承知しているので、汚染されてもかまわない地域を選んで立地しているのでしょう。違うと言うのなら、広瀬隆氏も主張するように、東京に原発をつくるのが一番効率的です。(「東京に原発を!」 広瀬隆 集英社文庫)
 さらに言えばこれだけ地震が多い国に原子力発電所を建設するというのは、博打です。ロアルド・ダールが書いた『南から来た男』という短編小説があります。ホテルのプールサイドで若いアメリカ人の青年が南米出身らしい初老の男から賭をもちかけられる。青年が持っている、必ず火がつくというライターで10回連続で着火させることができるかという賭だ。そんな他愛もない賭に老人は自分の持っているキャディラックを賭けようという。「それに見合うものなんてぼくにはありません」と話す青年に、老人はとんでもないものを要求する。それは青年の左手の小指だった。その結末は…
 なお低レベル放射性廃棄物を貯蔵するドラム缶と、高レベル放射性廃棄物を貯蔵するキャニスタが展示されていたので、紹介します。解説にはこうありました。「ガラス固化体は、30~50年間、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターで、自然の通風力を利用して冷却貯蔵した後、人間の生活圏から隔離するため、地下の深い安定した地層中に最終処分されます。国の計画では、2030~2040年代半ばに処分場の操業が開始される予定です。」 案内の方に聞いて驚いたのは、30年間六ヶ所村で貯蔵した後の最終処分場が決まっていないそうです。あなたの街や村に来るかもしれません。それにしても、こんな危険で有害なものを受け取った子孫たちは、われわれのことをどう思うのでしょうね。歴史学者のホブズボームは「極端な時代」(三省堂)の中でこう言っています。
 われわれはどこに行くのか、われわれは知らない。われわれの知っているのは、歴史がわれわれをここまで連れてきたこと、なぜそうなったかということだけである。しかし、一つのことは明らかである。もし人類にはっきりした未来があるとすれば、それは過去や現在を先に引きのばしたものではあり得ないということである。その引きのばしの基盤の上に次の千年を築こうとすれば、われわれは失敗するであろう。そして、社会の変革に失敗するならば、未来は暗黒である。
 「百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる」という寺山修司の言葉が頭の中でリフレインしています。

 なお案内の方の話ではウラン濃縮工場で核兵器をつくる可能性があるので、IAEA(国際原子力機関)の査察が一年に24回ほど行われるそうです。グローバル企業がバックにひかえるこの組織の動きは要注意ですね。公平無私な国際的組織でないことは肝に銘じましょう。イスラエルへの査察を行えば、ほんの少し信用してもいいけれど。なお六ヶ所村について鎌田慧氏が詳しく調べた著書「六ヶ所村の記録」(講談社 絶版)を今読み直しています。嗚呼、こんなことだったら、来る前に読んでおくべきだった。

 本日の二枚です。あなたの街でも一本保管しませんか。補助金をたんまりもらえますよ。
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 追記。青森県の六ヶ所再処理工場の試運転(アクティブ試験)が2006年3月末に強行されようとしています。抗議の声をあげるつもりです。詳しくは下記のサイトをごらんください。
●美浜の会 http://www.jca.apc.org/mihama/toppage3.htm
by sabasaba13 | 2005-12-03 07:46 | 東北 | Comments(0)
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