「西洋音楽史」

 「西洋音楽史」(岡田暁生 中公新書1816)読了。味気なさそうな、大学の一般教養の授業で担当教授にむりやり買わされそうなタイトルですね。しかあし、とんでも八分、歩いて十六分、匍匐前

進で三十二分、素晴らしい内容です。もうfont size16で叫びましょう。お勧め

 クラシック音楽の歴史を、当時の時代背景や時代精神とからめながら、本当に本当にわかりやすく解き明かしてくれます。著者は一人称で語ることを怖れず、ストーリーの推進力を大事にしたと言っておられますが、その試みは見事に成功です。文字通り一気呵成に読んでしまいました。
 (デュファイの音楽とフィレンツェの大聖堂) ここにはもはや彼岸への畏れはない。「生きていていいのだ。生きて美しい音楽を楽しんでいいのだ」という安心感―これがルネサンス音楽の最大の特徴である。
 何で(ドンッ)こんなわかりやすい文章を書かなかったのだ、これまでの音楽学者は! と、くだを巻きたくなりました。絶対王政の刹那的な富の浪費と、バロック音楽との関係、あるいはベートーヴェンと、19世紀市民社会が崇拝した勤労の美徳や19世紀的な進歩史観との関係など、思わず唸ってしまうような指摘も多々あり。断片的には知っていましたが、こうした時代精神と音楽の関係を通史として新書サイズの本の中で描ききる著者の力量、脱帽です。(私と同じ歳なんだよなあ)
 バッハについての記述が特に印象に残ったので、紹介します。忘れ去られていた彼の「マタイ受難曲」を、メンデルスゾーンが再演したのが1829年。これがきっかけでドイツにおいてバッハの神格化が始まりますが、著者はその政治的背景を指摘します。つまりナポレオンに対する敗北という屈辱の中から、ドイツという国民国家を立ち上げようという動きがでてきます。(三月革命は1848年) 筆者はプロテスタント・ドイツ・ナショナリズムと呼んでおりますが、そうした流れの中で、偉大なドイツ文化の神話的起源としてのバッハを神格化した一面があったのですね。ウムムムム、鋭い。バッハの凄さを本当に理解できるのは作曲家だけだという指摘も、これだけの著述をなしえた専門家の言として覚えておきましょう。余談ですが、この後、フランスとの戦争に勝利をおさめ(1871)、ドイツ帝国が成立するのですが、敗れたフランスではその屈辱の中からドイツ音楽のような器楽曲をつくろうとする動きが起こります。国民音楽協会が成立し(1871)、フランク、サン=サーンス、ショーソン、フォーレらの活躍が始まります。いやはや時代背景抜きの音楽史がいかにつまらないものか。
 またその時代の音楽の特徴がわかる演奏を紹介してくれるのも嬉しい限り。通奏低音の魅力を満喫できる一枚としてあげられたパブロ・カザルス指揮の「管弦楽組曲第一番」を今聴いています。以前に彼の演奏を集めていたので、たまたま持っていたのです、何という僥倖。通奏低音の「特徴」ではなく「魅力」と言うところに、著者の考えがよく出ています。音を楽しむ、音楽は楽しくなくちゃ!
 またマーラーにおける交響曲とリートの結合の例として交響曲第三番終楽章を挙げ、「これほど心を揺さぶる音楽は前代未聞だ」と絶賛しておられます。この曲はあまりに長いので本気で聴いたことはなかったのですが(怠惰!)、そこまでおっしゃるのならばと試聴。嗚呼、これは天国の音楽だ。最近は帰宅するとすぐにこの曲をかけるのが習慣になりました。(テンシュテット指揮 ロンドン交響楽団) 多謝。

 というわけで一人でも多くの人に読んでほしい本です。こういう本がいろいろな分野で出てきてほしいですね。歴史を読む面白さをあらためて思い知らせてくれた、珠玉の一冊です。著者曰く
 門外漢に理解できないような「歴史」に、いったい何ほどの意味があるのだろうか。
 まったく同感です。書き込むスペースが減ってきましたが、肝臓に銘記しました。もし贅沢を言わせていただくなら、ヨーロッパ各都市の音楽に関するガイドを書いて欲しい。ベネツィア、ウィーン、パリ… 期待しています。

 本日の二枚は、以前に訪問したフィレンツェと、ライプチヒ聖トマス教会のバッハ像です。
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by sabasaba13 | 2005-12-08 06:07 | | Comments(2)
Commented by さいとうじゅん at 2005-12-18 19:23 x
この本、出てすぐに読みました。
何巻もある音楽史、分厚い音楽史の本をいくつか読んでますが、この本ほど感銘を受けたことはありませんでした。
本当にお薦めですよね。
Commented by sabasaba13 at 2005-12-18 21:12
 こんばんは。全くもって同感です。私が一番感銘を受けたのは、著者の知識や思考力もさることながら、門外漢向けのわかりやすい通史を書くという、ある意味では蛮勇とも言える勇気です。すべての学者に他山の石として見習って欲しい姿勢です。今出版を期待しているのは、新書版「世界の歴史」です。樺山紘一氏か山内昌之氏だったら執筆は可能だと思いますが… 期待します。
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