青森・秋田編(10):恐山(05.9)

 翌日の天気は曇天、天気予報では午後に雨になるとのこと。本日は恐山・大間崎・仏ヶ浦を見物して、津軽半島の竜飛に泊まるという強行軍です。まずは朝6時半に予約をしておいたタクシーに乗って恐山へ向かいます。市内から15分程で到着、さっそく入山料を払い中に入ると参拝客・観光客は皆無。この時間では当然ですね、たっぷりゆったりと見学ができました。862(貞観4)年、慈覚大師円仁が開いたとされる円通寺があり、高野山、比叡山とともに日本三大霊場の一つとされ、信仰の山として知られます。また死者の集まる山ともされ、7月20~24日の恐山大祭には参詣人でにぎわい、境内の至る所で「いたこ」とよばれる巫女の口寄せが行われ、死者との会話に涙する老女の姿がみられるとのこと。途中にある恐山冷水をいただいて、恐山に到着です。
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 怪異な岩原と石積みの小山が果てしなく続き、亜硫酸ガスが噴出し、卒塔婆が林立し、風車が回り、カラスが慟哭するという荒涼とした光景を想像していたのですが、すこし違いました。蓮華の花びらのような連山に周囲を囲まれた小盆地の中に、穏やかに水をたたえた宇曽利山湖と綺麗な砂浜、そして蒸気を噴き出し硫黄の匂いに満ちた石灰岩の怪異な岩々が点在していました。清濁と美醜を併せ持つ小宇宙という感じですね、なるほど濁・醜が生者の、清・美が死者の世界を思わせ、此岸と彼岸の接点として古くから聖地と崇められてきたのが納得できます。私には、母の胎内にいるようなホッとする空間でした。しかし林立する屋根つき卒塔婆(風雪よけ?)や布でおおわれた石の仏を見ると、冬の厳しさをひしひしと感じます。いたこの口寄せに挑戦するかどうか迷っていたのですが、この時間帯ではそれも無理。「人はみなそれぞれ悲しき過去持ちて 賽の河原に小石積みたり」という碑がありましたが、ここに積まれた無数の小石一個一個にいろいろな形をした悲しみが込められているかと思うと胸がつまります。私は、いつか訪れるかもしれない大きな悲しみ、どう向き合うのだろう。一時間ほど彷徨して、予約をしておいたタクシーに乗り込み田名部に戻ります。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2005-12-11 08:33 | 東北 | Comments(0)
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