都庭園美術館 建物公開2021

都庭園美術館 建物公開2021_c0051620_18330801.jpg 港区白金台にある東京都庭園美術館で「建物公開2021 艶めくアール・デコの色彩」展が開かれているという耳寄りな情報を入手しました。公式サイトから転記します。

 本展は、1933年に竣工した旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館本館)の建築としての魅力を存分にご堪能いただくため、年に一度開催している建物公開展です。これまで当館では、建物の歴史や室内装飾、建築素材や各部のディティールなど、異なったテーマを毎年設けつつ、多様な角度から建物公開展に取り組んでまいりました。本年、2021年は室内空間を演出する要素の一つである「色」を切り口に、アール・デコの色彩にスポットを当てます。
 フランス滞在中、その様式美に魅せられた朝香宮夫妻は、帰国後自邸の建設に当たりアール・デコの精華を積極的に取り入れました。当時の最先端かつ最高級の素材や技法を用いて建てられた旧朝香宮邸には、漆喰天井の白色、漆が塗られた柱の黒色、建具に用いられたメタリックカラー、木材や石材の天然色、多彩なガラスが放つ透明感、そして窓辺から望む庭園の豊かな緑…華やぎと落ち着きを兼ね備えたさまざまな色彩が存在し、約90年の時を経てもなお人々を魅了し続けています。

 「建築探偵 神出鬼没」(藤森照信 朝日新聞社)から補足しますと、朝香宮はアール・デコ発祥のきっかけとなった1925年の国際展に日本代表として参加し、すっかりその魅力の虜になってしまったそうです。帰国して自邸の新築にとりかかった彼は、パリの国際展会場のデザインを仕切ったラパンに設計を依頼。ラパンは、装飾の各部分を、国際展会場を飾ったメンバーであるルネ・ラリックやセーブル国立陶磁器製作所に受け持たせ、全体をまとめあげました。つまり、アール・デコの誕生を目撃した人物が建て主、そのデザイナーがアール・デコの張本人という、世界的にも稀有な建築なのですね、これが。
 以前に訪れたことがあるのですが、うーん、い、け、ず、その時は写真撮影が禁止でした。しかし今回は撮影が可能、おまけに普段は作品保護を目的に閉じられている窓のカーテンが開け放たれ、外の庭園を望みながら、やわらかな自然の光を感じる邸宅空間を楽しめるそうです。都内の洋館では、小笠原伯爵邸旧岩﨑邸も素晴らしいのですが、やはりここがピカ一です。インターネットで予約し、山ノ神を誘ってとある日曜日に行ってきました。

 当日は小雨が時々降る曇天、いやいや、柔らかな光で室内を堪能できるわいと引かれ者の小唄。JR目黒駅から徒歩十分ほどで着きました。入り口で検温を受けて予約した入場券を渡して館へと向かいます。このシンプルで素っ気ない外観の内部に、とてつもない美がパッツンパッツンに詰まっているなんて、お釈迦様でもご存じあるめえ。
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 中に入る前に、館内にあった「アール・デコ様式」の解説を転記しましょう。

 アール・デコとは、1910年代から30年代にかけて、フランスを中心にヨーロッパを席巻した工芸・建築・絵画・ファッションなどすべての分野に波及した装飾様式の総称です。1925年の4月から11月にかけてパリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」(Exposition Internationale des Arts Decoratifs et Industriels modernes)の略称を由来とする名称であり、1925年様式(LE STYLE 1925)とも言われています。
 20世紀には工業の発達によって合成樹脂、鉄筋コンクリート、強化ガラスといった新素材が次々と生まれ、商品と消費、そして大量生産品による、それまでとはまったく異なった新しい時代が切り開かれました。この20世紀に現れた新しい価値観は、まず用と美の両立を目指していた応用美術の作家たちに新しい美の形の創造を促しました。アール・デコは、アール・ヌーヴォーの最も簡素な側面、キュビズム、ロシア・バレエなど様々な芸術を源泉とし、直線と立体の知的な構成と幾何学的模様の装飾をもつスタイルとして、徐々に確立されていきました。
 1920年代は現代的なライフスタイルの枠組みができた時代でした。飛行機が飛び、汽船による観光旅行が流行し、蒸気機関車や自動車はより速く走り、世界のあらゆるものがめまぐるしく動き始めました。このリズミカルでメカニックな動きの表現がアール・ヌーヴォーの有機的形態に取って代わり、鉱物的で直線的なアール・デコの基調となっています。電波を表現したジグザグ模様やスピード感あふれる流線形、噴水の図様などに、その反映を見ることができます。
 社会生活に関わるすべての事物や活動が合理的で機能主義的なものに席巻された今日において、そのはしりと言える1920‐1930年代に生まれた、機能的でありながら装飾美を兼ね備えたアール・デコ様式は今日、多くの注目を集め、改めて評価されています。

 玄関で四人の女神に出迎えられ、いざ中へ。いや、贅言はやめましょう。稚拙な写真ですが、これらを見ていただければ朝香宮邸の凄さを感じ取ってもらえると思います。
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 今回、全室を拝見して驚いたのは、部屋の照明の意匠がすべて違うのですね。その美に対する飽くなき探求には頭が下がります。
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 それではお庭を拝見しましょう。まずは朝香宮邸の側面を撮影。
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 池泉回遊式の美しい日本庭園には茶室「光華」があります。ここで茶会をすれば、さぞ心落ち着き心身に積もった塵芥を洗い流せる…と言いたいのですが、庭のすぐ脇に首都高速道路があり、醜悪で無粋な自動車の走行音がいやでも耳に入ってきます。ほんとうにいやだなあ。
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 西洋庭園にはオシップ・ザッキン[左]と安田侃(かん)[右]の彫刻がありました。
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 というわけで、至福のときを過ごすことができました。しかしこの館が竣工したのは1933(昭和8)年といえば、国際連盟脱退、滝川事件、特高の拷問による小林多喜二の死、三陸沖地震と大津波などがあった年です。世相を見ると、大島の三原山で投身自殺が多発し、ダミアのシャンソン「暗い日曜日」が自殺など厭世観を助長するとして発売禁止となりました。暗い世相から逃避するかのように、「東京音頭」やヨーヨーが大流行したのもこの年だそうです。おそらく昭和恐慌の傷もいまだ癒えず、多くの庶民が貧苦に喘いでいた頃だと思います。そのような中で、国民の税金を蕩尽してこれほどの豪奢な邸宅を建てることに、朝香宮は何の逡巡もなかったのでしょうか。憤りを覚えます。
 しかしそのおかげで、これほどの見事な美を今の私たちが堪能できるのですから、一概にこの贅沢を否定することもできません。できうる限り貧富の差がない平等で公平な社会が理想ですが、そう簡単に実現できないでしょう。せめて富裕な方々は、ノブレス・オブリージュを銘肝して芸術への支援をお願いしたいものです。

by sabasaba13 | 2021-06-19 08:53 | 美術 | Comments(0)
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