鈴木其一展

 現在、チェロのプライベート・レッスンを受けておりますが、先生も美術がお好きで、ときどきアート・シーンの情報交換をしております。ある時、レッスンが終わった後、根津美術館で鈴木其一(きいつ)展を見てきたが素晴らしかったと教えてくれました。その高名はたびたび耳にし、以前に都美術館で開催された『奇想の系譜』展でも彼の作品を鑑賞して繊細で的確な表現力と、華麗な色彩には目を瞠りました。これは是非見に行きたいですね。インターネット予約なので、ゆったりと鑑賞できるのも嬉しいかぎりです。
 早速、山ノ神に同行の神託をうかがうと、「えー、塗り絵?」とブーたれ顔。それは"きいちのぬりえ"だし、"すずききいち"ではなく"蔦谷喜一"と優しく教え諭し、根津美術館の公式サイトに載っていた其一の絵を見せると「きゃー素敵」と一転。二人で拝見しにいくことにしました。
 待てよ、12月の上旬に行けば庭園の紅葉も見ごろかもしれないな。インターネット予約状況を確認すると、その頃の土曜日に空きがありました。一番早い10:00の枠をおさえ、カードで入館料を支払い、準備万端整いました。

 まずは公式サイトで本展覧会の紹介文を引用します。

 鈴木其一(1796~1858)の筆になる「夏秋渓流図屏風」は、岩場を削る水流のある檜の林を確かな現実感をもって描いた画面に、異様な感覚を抱かせる描写が充満する作品です。
 其一は、江戸の地で、一世紀前の京都で活躍した尾形光琳(1658~1716)を顕彰し、「江戸琳派」の祖となった酒井抱一(1761~1828)の高弟ですが、徹底した写実表現やシャープな造形感覚、ときに幻想的なイメージを加え、個性を発揮しました。そんな其一の画業の中心にあるのが、最大の異色作にして代表作でもある「夏秋渓流図屏風」です。2020年に、其一の作品としては初めて、重要文化財に指定されました。
 本展では、抱一の影響や光琳学習はもとより、円山応挙や谷文晁、古い時代の狩野派など琳派以外の画風の摂取、そしてそれらを、自然の実感も踏まえつつ統合する其一の制作態度を検証して、本作品誕生の秘密を探ります。

 当日は快晴無風、格好の紅葉狩り日和でした。半蔵門線表参道駅で降りて十分ほど歩くと根津美術館に到着です。『円山応挙展』を見て以来五年ぶりの来館ですが、隈研吾設計のアプローチは本当に素晴らしいですね。竹で挟まれたほの暗い直線の径を進むと、俗塵にまみれた現世から美の世界へと自然に移行していくようです。
 さあそれでは其一の世界を堪能しましょう。展覧会は三部構成になっており、序章は「檜の小径を抜けて」、狩野常信・山本幸一・谷文晁・酒井抱一による檜を描いた作品が展示されていました。個性的に描かれた檜が鈴木其一の中でどう結実されたのか、楽しみです。第1章は「『夏秋渓流図屏風』誕生への道行」で、本展覧会の目玉である同屏風と、それに影響を与えたと考えられる作品が展示されていました。師である酒井抱一の、精緻を極めた自然描写から大きな影響を受けたことがわかります。屏風の左右から流れる奔流が中央で合流してこちらへ向かってくる構図の「保津川図屏風」(円山応挙筆)、隆起する緑の地面に木々が林立する構図の「花木渓流図屏風」(山本素軒筆)、これらの構図が其一に吸収され膨れ熟していったのではないかと思われます。そして其一筆の「夏秋渓流図屏風」です。右隻の山百合、左隻の紅葉した桜の葉、そして林立する檜、その美しく精緻な描写には舌を巻きます。と同時に、超現実的な描写にも目を奪われます。熊笹は極端にデフォルメされ、横向きに描かれた蝉は沈黙を守っているかのよう、点苔は微生物のように増殖し檜の表面を埋め尽くしそうだし、鮮烈な青一色で塗りつぶされた渓流はまるで大地の体液のようです。中でも印象的なのは、川面に着水する寸前の一枚の赤く色づいた落葉。まるで時間が凍りついたような静寂。(ポスターにもこの部分が使われています) 具象と抽象、現実と超現実が絶妙なバランスで描かれた、「異相の美」とでも呼びたくなる屏風でした。なお12月7日(火)から酒井抱一筆の「夏秋草図屏風」が展示されるとのこと、うーん見たいなあ、もう一度来ようかな。
 第2章は「其一の多彩な画業に分け入る」、彼の小品が展示されています。其一の多彩な画技を堪能できましたが、私が気に入ったのは「秋草・月に波図屏風」。2曲1隻の小さな屏風で、表に秋草、裏に月と波が描かれています。紙が薄いため裏が透けて見え、秋草の背後で霞む朧月の風情を楽しめます。もう一つは「群鶴図屏風」、具象と抽象の境で描かれた数多の鶴が画面の外から飛来し画面を埋め尽くし外へと飛び去っていきます。心地よい浮遊感とスピード感を堪能しました。

 というわけで、鈴木其一の世界を堪能しました。俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一、円山応挙といった先達たちの画業を己の血肉とし、そこに自分の色を加えて新しい美を創造したことがよくわかった展覧会でした。つまるところ文化とは、先人が創造したものを受け継ぎ、己の努力でより高みへと磨き上げ、それを後人に受け渡す、そうした動的な行為だと考えます。「日本文化」という本を読んだり、「日本文化」で検索してでてきた画像を閲覧したりして、はい終わり…ではないですよね。さて、私たちは先人たちの創造したものをしっかりと受け取り磨き上げているでしょうか。あるいはパトロネージしているでしょうか。もししていないとしたら、もう「日本文化」は消滅したと言えるかもしれません。

 異相の美の次は自然の美です。根津美術館に来ると、付属した池泉廻遊式庭園をそぞろ歩くのが楽しみです。アップダウンに富み、茶室が点在し、視線の変化を楽しめる素敵な庭園です。期待通り紅葉は見ごろ、それほど多くはありませんがピクチャレスクな景色と紅葉を満喫いたしました。
 さて小腹がへったので庭園内にある「NEZUCAFE」で昼食をいただきましょう。大きな窓からお庭の緑を眺められる、素敵なカフェです。難点は、食事が神戸牛のミートパイと本日のハンバーグしかないこと、及第点ですが格別に美味しいわけでないこと。

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 帰宅したのが午後一時、まだ半日自由な時間があるので、私はチェロの練習と昼寝、山ノ神はテニスとピアノの練習にいそしみました。なお12月は芸術に触れる機会が満載のマイ芸術月間です。月曜には劇団東演の『マクベス』、水曜にはショパコンに入賞した反田恭平氏と小林愛美氏のデュオ・コンサート、土曜には雨宮処凛氏の講演会、大晦日には小林研一郎氏によるベートーヴェンの全交響曲連続演奏会。もし時間があったら和田誠展、映画『ジョン・コルトレーン』『水俣曼荼羅』も見にいきたいものです。

by sabasaba13 | 2021-12-09 06:20 | 美術 | Comments(0)
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