青森・秋田編(16):亀ヶ岡遺跡(05.9)

 そして一路南下、約20分で亀ヶ岡遺跡の資料館「縄文館」に到着です。縄文晩期(B.C.1000~B.C.300)の代表的遺跡で、芸術的な土器や出土品で著名です。今調べていたら、江戸時代には亀ヶ岡の古器物(亀ヶ岡もの)として文人たちの間に愛好されたこともあると、菅江真澄の紀行文に記されているそうです。縄文時代は、列島東部の方に栗・胡桃・鮭・鱒などの豊かな食料資源があったので、人口の大半が集中していたようです。三内丸山遺跡を見てもわかりますね。しかしこの豊穣さを支えた温暖な時期(縄文海進)が終わりをつげた結果、列島東部の集落は壊滅的な打撃を受け、コミュニティ崩壊を防ぐために異常に呪術・祭りが発達したのではないかといわれています。亀ヶ岡式土器の華麗さも、それと関係があるのかもしれません。出土品は散逸しているため、資料館の展示物も小品ばかり。マチスの「ダンス」を髣髴とさせるデザインの漆器片が見られたのは眼福でした。目を引かれたのが、有名な遮光器土偶の写真です。文化庁蔵? なぜ? さっそく係の方に訊ねたところ、個人で所有していたある方が、文化庁に売ってしまったとのことでした。日本の「ナショナル・ヒストリー」を創造するために文化財の優品を買い集めたのかな。六ヶ所村の土地のように、農民の貧しさにつけこんで、宥めて騙して脅かして二束三文が買い叩いた可能性もありますね。文化庁の方、反論があればどうぞ。真相を知りたいな。それにしても東北の栄光と悲惨の二面性を垣間見たような気がします。そしてすぐ近くにある遺跡のモニュメントを拝見、眼前には豊穣な津軽平野が広がっていました。
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 本日の一枚です。心なしか、故郷に帰りたいと目が潤んでいるような…
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by sabasaba13 | 2005-12-18 08:31 | 東北 | Comments(0)
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