描くひと 谷口ジロー展

描くひと 谷口ジロー展_c0051620_21573253.jpg 原爆の図丸木美術館で特別公開「大逆事件」を見た翌日、世田谷文学館で「描くひと 谷口ジロー展」を見てきました。

 谷口ジローという漫画家の存在は以前から知っていました。『青の戦士』や『LIVE!オデッセイ』を読んだことがあるのですが、その絵柄の脂っこさとくどさには辟易しました。その見方を一変させてくれたのが『「坊っちゃん」の時代』です。日露戦争(1904~5)から大逆事件(1910~11)までの時代という近代日本の大きな曲がり角を、夏目漱石・森鴎外・石川啄木・幸徳秋水という四人の絡み合いを軸に描くという関川夏央の原作も素晴らしいのですが、谷口ジローがそれを見事なマンガとして結実させています。脂っこさや硬さが削ぎ落とされ、線は端正でまろやかとなり、人物の感情は適確に表現され、街や自然や気象の描写は精緻を極める。いったい彼に何がおきたのだろうと思わせるほどに進化を遂げていました。近現代漫画史上、五指に入れたい傑作です。これを超える作品を描くことは不可能だろうと高を括ってしまい(『孤独のグルメ』はご愛敬)、いつの間にか谷口ジローのことは忘れていました。申し訳ない。
 ところがさらなる進化を遂げていたのですね。驚きました。蒙を啓いてくれたのはテレビ東京『新美の巨人たち』で去年の12月に放映された「歩くひと」です。解説を転記します。

 「孤独のグルメ」で作画を手がけた、漫画家の谷口ジロー。実はフランスでは手塚治虫に並ぶ超有名漫画家。谷口の名が海外に知られるきっかけとなった「歩くひと」は、セリフはほぼ無く、大きな展開もありません。平凡な男がひたすら歩くだけ。
 一体なぜこの漫画が、世界中の人を魅了するのか?その秘密を探ると浮かび上がってきたのは、日本が誇るあの世界的映画監督の存在! いくらでも眺めていられる絵を生み出す、作画のテクニックとは? 女優の寺島しのぶさんが、「歩くひと」の舞台となった清瀬市を歩きながら、その魅力を紐解きます。

 番組を拝見した上で、『歩くひと』(小学館文庫)を購入して読みました。うーむ、まいった。舞台は東京都清瀬市ですが、とりたてて絶景とは言えない町や自然を慈しむように丁寧に描いてあります。確かなデッサン、見事な質感や陰影、スクリーントーンの駆使によって表現された木漏れ日、水たまり、流れる雲、街並み、甍の波、街灯の明かり、犬や小鳥といった動物。氏は、日常の何気ない風景を、いかに心に沁みるような絵として描こうとしていたのだと思います。
 そして番組で、世田谷文学館で「描くひと 谷口ジロー展」が開催されているとの紹介がありました。互いに見合わす顔と顔、一緒に見ていた山ノ神とアイ・コンタクトが成立。よろしい、ぜひとも見にいきましょう。
 睦月、快晴・温暖・無風の好日、京王線芦花公園駅に降り立ち、世田谷文学館へと向かいました。なお「芦花公園」とは変わった駅名ですが、実は徳富蘆花の寓居が「恒春園」という公園になっているのですね。駅から歩いて十五分ほどのところにあります。蘆花がここに移ったのは1907年ですから、第一高等学校で幸徳秋水を弁護した講演「謀叛論」の草稿はここで書かれたのでしょう、おそらく。昨日、丸木夫妻の描いた「大逆事件」を見たのですが、不思議な縁を感じます。なお蘆花は書斎を「秋水書院」と命名していますので、秋水への思慕の情が強かったのでしょう。
 通を歩いていると電柱がないことに気づきました。電線を地下に埋めているのですね、すっきりとした眺めだし、災害時にライフラインが切断されないという大きな利点もあります。この措置は全国で進めて欲しいですね、財政が苦しい自治体だったら政府が補助をすべきだと思います。アメリカ製の武器を爆買いし、辺野古新基地に莫大なお金をかけ、在日米軍に「思いやり予算」をばらまき、税金を私物化して“お友達”や支持者にばらまくよりは、電線地下埋設の方がよほど世のため人のためになると思うのですが。ま、そう思わない方々がたくさんいて自民党政権を支持しているようですから、しばらくは無理かな。五分ほど歩くと文学館に到着です。
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 公式サイトから引用します。

 日本はもとより海外でも多くの読者を持つ漫画家・谷口ジロー(1947~2017)の作品世界を、貴重な自筆原画など約200点でご紹介する大規模個展です。緻密な作画、構成によって描き出されるその作品は、谷口ならではの世界、時空間に読者を惹きこむ力に満ち、深い読後感を残すことでも知られています。海外では大人の読者に堪える芸術として高い評価を受け、フランスのルーヴル美術館からもオリジナル作品を委嘱されています。世界で認められた日本のマンガ文化の中でも、その成熟を象徴する存在として挙げられる谷口ジロー作品の魅力を是非ご堪能ください。

 日本の展覧会では稀有なのですが、作品の撮影が可能とのことでした。虫の予感がしてデジタル・カメラを持参してよかった。
 初期の作品から代表作の『事件屋稼業』『「坊っちゃん」の時代』、さらに進化/深化を遂げようとした作品群、ヴェネツィアやルーヴル美術館を描いた作品、そして遺作。芳醇な自筆原画の数々に酔いしれました。なかでも出色の絵が『ふらり。』、蝦夷地測量に出立する前の伊能忠敬が江戸の町をふらりと徘徊するお話です。ユニークなのは、蟻の視点・鳥の視点から町や人や自然を描いていること、漫画の可能性をもっと拡げようとされていたのですね。
 いや、贅言はやめましょう。ぜひ世田谷文学館に足を運んで谷口ワールドを楽しんでいただきたいと思います。

 それでは練馬に戻って昼食をいただくことにしましょう。京王線芦花公園駅に戻ると、駅構内の窓から富士山が見えました。へえーこのあたりからも見えるんだ。
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 そしてわれわれ御用達、練馬駅近くの町中華「小姑娘(クーニャン)」へ。山ノ神は八宝菜、私は酢豚、デザートに杏仁豆腐をいただきました。味付けも仕上がりもよろしいのですが、何といっても素晴らしいのが野菜です。玉ねぎ、ピーマン、人参、長ネギ、大きめに切られた野菜のしゃきしゃき感には脱帽です。お値段も手ごろだし、お薦めのお店です。
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by sabasaba13 | 2022-01-18 06:33 | 美術 | Comments(0)
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