岡山・広島編(44):岡山(16.10)

 そして天神山文化プラザへ。図書館、展示室、ホール、日米文化センターの4つの機能を持つ岡山県総合文化センターとして前川國男が設計しました。(通称は「天プラ」) 得意技のピロティと斬新かつシャープな意匠がいいですね。
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 見るべき程の事をば見つ(『平家物語』内侍所都入・能登殿最期)、それでは夕食をとって津山へと移動しましょう。虎視眈々とねらっていたご当地B級グルメ「えびめし」をいただこうとラーメン「西本」に行きましたが残念ながら準備中。しかし諦めたらそこで試合終了です。幸いなるかな観光案内所があったので、「えびめし」を食べられるお店を訊ねると、近くのホテルエクセル岡山の中にある「ALO ALO」が近くにあるとのこと。先達はあらまほしき事なり(『徒然草』第52段)、さっそく入店して「えびめし」を所望。エビを具にしたソース味の炒飯ですが、親しみやすい庶民的な味に舌鼓を打ちました。
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 そうそう、『路地裏の資本主義』(平川克美 角川SSC新書231)に下記のような考察がありました。

 先日、陶芸家の川端文男さんとの対談で岡山県備前市まで出向いてきました。川端さんを紹介してくれたメーカーの社長との二人旅。県東部、伊部の集落には街道筋に焼物を商う店が軒を並べ、休日ともなれば観光客がそぞろ歩きを楽しむ光景が見られます。伊部を後にして、わたしたちは宿泊宿のある岡山市の中心地へ向かいました。
 岡山市は、全体にのんびりとした都会で、道幅が広く、市電が古い町並みの雰囲気に溶け込んでいます。高台に立てば、大きく蛇行する川が、その周囲に緑と適度な空間を広げているのがわかります。空が広いのは、高いビルディングが多くないから。
 道すがら、車窓に映る風景を見ていて、わたしはあることに気づき、それを隣の社長に告げました。
 「このあたりには、ほとんどコンビニがないね」
 「ああ、言われてみれば本当に少ないな」
 社長も、それに気づいて、わたしたちはコンビニを目で探し始めたのです。
 実際のところ、岡山県のコンビニ出店数はどうなっているのかが気になりました。調べてみると、コンビニ売り上げトップのセブン‐イレブンは、人口十万人あたりの店舗数全国平均は10.69軒で、2011年度の一位が山梨県、二位が福島県、以下、群馬、茨城、長野県と続きます。岡山県は22位で、コンビニ密度は山梨県の19.35軒に対して11.36軒とおよそ半分です。これは神奈川県とほぼ同じ。ただ、これはあくまでも人口あたりの出店数であり、エリアの広さを考えると、岡山県と神奈川県ではまったく様子が異なることが納得できます。東京人の目から見て、人口密度の高くない岡山県にコンビニが少ないと映るのは当然だということになります。 (p.74~6)

 なぜ、果物類の生産以外には突出した産業がない岡山がこれほど豊かな印象を与え、工場やサービス業がひしめく首都圏が荒廃の印象をもたらすのかは、考えているに値します。
 特筆すべきは、岡山県は県民の初婚年齢が若く、人口減少も他県に比較して緩やかだということです。つまり、都市化はしたのですが、極端な人口減少や核家族化に向かわなかった場所だということなのです。
 このことは、町を歩けばある程度は実感することができます。歓楽街といったものは、ほとんど見当たりません。都市機能の集中した岡山市や倉敷市の中心を少外れると、そこにはまだ木造の古い家が昔日のままに残っています。しもた屋風の建屋の並ぶ路地裏からメインの旧道に出ると、総菜屋や八百屋、理髪店や喫茶店といった小商いの店が今も健在です。要するに、生活するのに必要なものは半径数十メートルから百メートルの間でまかなうことができるような構造が保たれており、なるほどコンビニが出店する余地がないほどに、町の機能が充実しているのです。(p.76~7)

 コンビニの出現(※コンビニの第一号は、1974年のセブン‐イレブン豊洲店)によって、わたしたちは、お金さえあればひとりでも生きていける利便性を獲得しました。コンビニは24時間、いつでもお金さえあれば、必要なものと交換することができるまったく便利な市場です。そこで必要なものは、お金だけであり、学歴も、友人の助けも、家族の協力も、地域の人々との縁も、まったく不要です。カウンターの前に、自分が欲しいものを持っていけば、レジのモニターに金額が示され、無言のまま品物を手に入れて、立ち去ることができます。
 しかし、もしわたしたちがお金を持っていなければ、コンビニにとってわたしたちはまったく無縁の存在であり、どんな支援も、協力もしてくれません。コンビニにとって、わたしたちはお金を運んでくるアノニマスな消費者としてだけ意味のある存在であり、お金を持っていない人間は邪魔な場所ふさぎでしかありません。
 そのときにだけ、わたしたちは気づくことになります。コンビニ生活ではまったく必要のなくなったもの、つまり友人の助けや、家族の協力や、地域の人々の支援といったものが何であったのかということを。(p.78)

 なるほど、そう言われればコンビニをあまり見かけなかったような気がします。それだけ町の機能が充実し、地域の人々との縁が深いということなのでしょう。お金が中央に吸い上げられるコンビニやチェーン店はできるだけ忌避し、地元にお金が落ちるようなお店を利用するよう心がけましょう。

by sabasaba13 | 2022-04-06 06:12 | 山陽 | Comments(0)
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