『天上の葦』

『天上の葦』_c0051620_15175800.jpg 『天上の葦(上・下)』(太田愛 角川文庫)読了。いやあ、ほんとうにほんとうに面白かった。残り頁がどんどん少なくなるのを心より惜しみながら読んだ小説は久しぶりです。高校の時に読んだ『シャドー81』(ルシアン・ネイハム 新潮文庫)以来かな。
 まずは表紙に載っていたあらすじを紹介します。

 興信所を営む鑓水と修司のもとに不可解な依頼が舞い込む。渋谷のスクランブル交差点で、空を指さして絶命した老人が最期に見ていたものは何か、それを突き止めれば1000万円の報酬を支払うというのだ。一方、老人が死んだ日、1人の公安警察官が忽然と姿を消す。停職中の刑事・相馬は彼の捜索を非公式に命じられるが-。2つの事件の先には、社会を一変させる犯罪が仕組まれていた!? (上巻)
 失踪した公安警察官を追って、鑓水、修司、相馬の3人が辿り着いたのは瀬戸内海の小島だった。そこでは、渋谷で老人が絶命した瞬間から、思いもよらないかたちで大きな歯車が回り始めていた。誰が敵で誰が味方なのか。あの日、この島で何が起こったのか。穏やかな島の営みの裏に隠された巧妙なトリックを暴いた時、あまりに痛ましい真実の扉が開かれる。すべての思いを引き受け、鑓水たちは巨大な敵に立ち向かう! (下巻)

 まずチームワークがいいんだか悪いんだかよくわからない主人公の三人組がいいですね。お調子者で趣味人のプランメーカー・鑓水、年は若いが行動力抜群の修司、石部金吉金兜だが情け深い相馬、個性豊かな三人の八面六臂の大活躍もさることながら、日ごろの何気ない会話にも緩頬してしまいます。
 そして抜群のストーリー・テリング。いくつかのストーリーが同時進行していきながら、やがて絡み合い、そして大団円へと収斂していく様には息を呑みます。また手に汗握るスリリングな場面にも事欠きません。ちょっとデウス・エクス・マキーナの存在が気になるところもありますが、大きな瑕疵ではありません。
 何と言っても絶賛したいのは、そのテーマの大きさと重さです。それは国家権力によるメディア・コントロール。メディアを統制下に置くために、公安が仕組んだ冷徹かつ卑劣な手段には唖然としてしまいました。さらに過去の史実をまじえながら、国家権力によるメディア・コントロールは現在だけの問題ではなく、近現代日本の宿痾であるという視角にまで筆者の筆は及んでいきます。

 ああこんなことを書いているうちに読み直したくなってしまった。これほど面白く重い小説にはなかなか出会えるものではありません。心より推薦します。

 なおタイトルはウィリアム・ブレイクの詩『無垢の歌・序』よりつけられたとのことです。"葦"はメディアのことでしょうが、"天上"とは何を意味するのでしょう? 「理想の」ということかな。

そして子供の姿は見えなくなり
私は一本のうつろな葦を手折って
ひなびたペンを作った

 またカバーには、泉沢光雄氏によるミステリアスで不思議で魅力的な絵が載せられていますが、その含意するものはよくわかりません。ご教示を乞う。

by sabasaba13 | 2022-05-22 07:43 | | Comments(0)
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