「失敬」 三好達治
私は菰かぶりといふものを手もとに備へつけたことはない。親父の時代にはそれが陋屋の涼しい位置にあった。一度それを失敬したことがある。カタクチといふもので受とめたのだから相当の分量であっただろう。後に立飲みといふあの率直なやり方を嗜むことになった、その一回分くらゐの分量は凡そあっただろう。冷や酒は口あたりがいいから一息に失敬した。しばらくして心配を覚えたが、ミゾオチのあたりはほのぼのとして気持がよかった。
それから二階に上って仏壇の前で肱枕になった。窓には青葉の明るい夏の日であった。まだ中学に上っていなかったから半世紀の余昔になる。つまらないことを思ひ出したものだ。
「私の酒」 里見弴
酒もたばこも十代のおわり頃からのみ出しています。母方の祖母と父とが胃ガンでなくなっているので、体質的遺伝を心配してくれたのでしょう、医者であった義兄に、三十歳まではまずよかろうけれど、その年でピタリと禁酒しないと若死するかもしれないぞ、とやかましくいわれまして、酒のみ仲間の友達に集まってもらい、盃納めの宴会を催し翌日からの禁酒を声明しました。それが満三十歳になる誕生日のことで、私は七月十四日の生れだものですから、夏の間は何とかがまんできたのですが、だんだん秋風が身にしむ時期になってきますと、熱燗でいっぱい、の欲がどうにもおさえきれなくなり、家の者にも友達にも内緒で日本橋のある料理屋のいちばんすいていそうな時間-二時から四時位を見はからって一杯やり、顔色や息がふだんと変わらなくなるまではそこに休ませておいてもらって、往来で知人に会ってもそれと知られないだけの要心までして、再び酒に親しむようになりました。やがてそれも大っぴらになり以来今日まで六十年も飲みつづけてきているわけ。酒に飲まれず飲むぶんには、まことに結構なものだと思います。
「酒のサカナ」 獅子文六
この頃、好きなサシミが、酒のサカナにならなくなった。まづ、三片がいいところである。しかし、飯のオカズにするなら、うまいと思って食う。また、コノワタ、カラスミの類も、昔ほど魅力を感じなくなった。では何で酒を飲むかといはれると、大変お恥ずかしい。油揚とナッパと煮たようなものがよろしい。干瓢を薄味で煮たものなんかもよろしい。それから、秋田の枝豆(貯蔵品)なぞもよろしい。目下は、毎日、ソラ豆ばかり食ってる。
この間なぞは、どうも食ひたいものが、思ひ浮かばず、ヤケのやうになって、ジャガ芋のゆでたのに、塩をつけて食ってみたら、結構、酒のサカナになった。
サカナを語る資格なし。
本日の一枚は、西条の町並みです。

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