原子力マフィアの妄執 3

 朝日新聞デジタル(22.8.24)によると、岸田首相が原発の新増設の検討を指示しました。

 岸田文雄首相は24日、原発の新増設について検討を進める考えを示した。脱炭素の実現について議論するGX(グリーン・トランスフォーメーション)実行会議で表明した。実際に新増設する政府方針が決まれば、2011年の東京電力福島第一原発事故以来の大きな政策転換となる。
 岸田首相は会議の終わりに「次世代革新炉の開発・建設など政治判断を必要とする項目が示された。あらゆる方策について年末に具体的な結論を出せるよう検討を加速してください」と発言した。
 7月にあった第1回の会合で、岸田首相は電力やガスの安定供給に向けて、「原発の再稼働とその先の展開策などの具体的な方策について、政治の決断が求められる項目を明確に示してもらいたい」と発言。経済産業省などが具体的な論点を詰めていた。

 ま、想定内ですね。「原子力マフィアの妄執」という記事で紹介したのですが、岸田氏が自民党総裁選で勝てたのは、原発イケイケの故安倍晋三氏からの支持を得たからでしょう。
 それにしても、自民党の原発に対する妄執には恐れ入り谷の鬼子母神です。福島原発事故の原因究明に本腰を入れず、責任者を追及せず、事故収束の目処もたたず、放射能廃棄物の最終処分場も決まらず、汚染水の処理はお手上げ、原発作業員の被曝も放置し、被災者を冷酷に突き放し、避難計画も杜撰。原発をめぐる状況は、もう底が抜けたも同然なのに、なぜ新増設などという世迷言を宣うのでしょう。「原子力マフィアの妄執 2」で書きましたが、やはりお金なのでしょうね。
 まずすべきことは、被災者の救済です。原発を新設する資金があるのなら、なぜそれを被災者救済のために使わないのか。政治の要諦は、困っている人や立場の弱い人を救済することだと確信します。それをしないどころか、弊履のように捨て置くとは言語道断。自民党も公明党も、もはや政党というよりは、組織防衛と存続のためだけに存在する烏合の衆です。『週刊金曜日』(№1389 22.8.19)で紹介された、柴田さんの声に耳を傾けてください。あれ、聞く力はどこに行ったのでしょう、岸田首相。

福島原発事故12年目の避難者 家族のこころとからだを返して! 平舘英明

 柴田明範さん(56歳)は、妻と3人の子ども(息子と娘2人)と福島県二本松市に暮らしている。
 明範さんは福島第一原発事故の避難生活でメニエール病を発症し、右耳の聴力を失った。医師からは「改善の見込みはない」と告げられている。これまでもひどいめまいを繰り返し、気圧の変化で気分が悪くなる。最近では左耳も聞こえにくくなった。
 明範さんの自宅は浪江町津島地区にある。帰還困難区域に指定され、避難指示解除の時期はおろか、除染の目途すら立っていない。出口の見えない「漂流生活」は、家族の心身を蝕み続ける。
 明範さんがメニエール病を発症したのは、二本松市内の仮設住宅に入居していた11年7日である。避難当時、、両親と5人の子ども(後に息子2人は独立)の9人家族。妻の明美さん(58歳)の母親が加わり、10人が5戸の仮設に分かれて生活した。
 仮設は手狭なうえに生活音が筒抜けで、プライバシーはなかった。住民同士のケンカも頻繁に起きた。家族の亀裂も深まり、「こんな生活が何年続くのか」と明範さんは眠れなくなった。
 そんなある日、明範さんは浪江町の仮役場(二本松市)で嘔吐して倒れた。救急搬送されて熱中症と診断された。だが、数日たっても体調は戻らない。後日、ストレスに起因するメニエール病と診断された。
 原発事故前、明範さんは津島の砕石会社で働いていた。大型車や重機の免許を持ち、発破で石を切り出す責任者だった。だが、病気で復職は望めなかった。成人していた3人の息子も失職した。
 無用の被曝をした2人の娘(当時高校生と中学生)の健康や教育費、住宅ローンの返済が頭から離れなくなり、再び不眠に陥った。部屋の壁を見つめ「死ねば楽になれるかな」とつぶやいた。うつ病を併発し、大量の薬を服用した。
 仮設で3年ほど暮らしたのち、明範さんは家族で住める住宅を確保した。体が回復しないまま土建会社に職を得たが、「賠償金もらって余裕あるだろ。時給1000円なら社員にしてもいい」と買いたたかれた。月収は15万円ほど。技術者としての誇りは傷つけられ、仕事の合間にため息が漏れた。(中略)
 明範さんは入通院の慰謝料、通院にかかった交通費、就労不能損害賠償を求めて東京電力に診断書を送付している。当初、東電は支払いに応じてきたが、ここ数年は一切の請求を拒否している。
 明範さんによると、東電の回答は「当方の医師が診断書を見て(家族の病気は)完治していると判断した。診断書代は払うが、今後も請求には応じない」といったものだ。
 明範さんはこう語る。
 「これが加害者の言葉ですか? 診断書のどこにも『完治した』とは書いていない。(診断書を書いた)医師も怒っている。東電の社長は『最後の一人まで真摯に賠償する』と言っている。嘘ばっかりだ」 (p.30~1)

 追記です。『週刊金曜日』(№1389 22.8.19)に鋭い投稿が掲載されていたので、紹介します。

論考 最高裁判決の意味するもの 今枝眞 66歳 会社員

 日本語の「責任」にあたる英語はレスポンシビリティで、対応を表すレスポンスと、能力を表すアビリティからなる言葉である。直訳すると「対応能力」ということで、日本語の「責任」が意味するところとは隔たりがある印象だ。
 でも法廷では、「責任能力」の有無が争われることはよくある。刑事事件においては、弁護側が刑法39条第1項の心神喪失者の不処罰、第2項の心神耗弱者の刑の軽減を狙って、被告の精神鑑定を要求する。民事上の「責任能力」は民法712条で、不法行為の責任を弁護するに足るべき知能を備えていることとされ、これを持たないものに対しては不法行為責任が認められず、損害賠償を請求することができない。
 いずれにせよ、「責任能力」がないことをもって被告が免責もしくは減刑されることはあるが、それは当然、資格の喪失、行動の制限と引き換えだ。免責された上は、その後「責任能力」を獲得、もしくは回復したことが認められない限り、責任の伴う行為をすることはできない。
 さて福島原発事故の訴訟で、「国に責任はなかった」とした最高裁の判決である。争点は、国は「巨大津波を震災前に予測できたか」、そして国が「対策をとらせていれば事故は防げたか」の二つ。判決は「予測できたか」については明確な判断を避け、対策をとらせていても「事故は防げなかった」として国を免責した。
国に「責任能力」がなかったとは言えず、予測ができたとしても、津波の規模がそれを上回っていたという何とも騙し討ちのような判断で、被告側が「納得できない」とするのは当然だろう。公判の中で原告側が、事故を予測できた根拠として重視するよう求めた国の長期評価を逆手に取り、実際の災害がこれを上回っていたので、長期評価に基づく規制が行なわれていたとしても「事故は防げなかった」と判断したわけだ。
 現実の災害が予測を上回ったというこの判決理由は、自然を前にするとき、人の想定など不能であると言うに等しい。最高裁は損害賠償上の国の免責と引き換えに、「自然の摂理に人知は及ばない」という哲学的命題に踏み込んだ。これを法的に確定させたわけで、今後国は、あらゆる原発行政に責任を持つと言えなくなった。安全神話を唱えることも許されない。
 なぜなら事故は現実に起こり、その被害は甚大で取り返しがつかないことを、すでに私たちは知っているのだから、そして予測に基づくいかなる規制も、想定を上回る自然災害の前には無力で、誰も責任は取れないと最高裁が結論づけたのだから。
 岸田文雄は電力不足を人質に、ここぞとばかりに原発の再稼働に言及した。最高裁の判決に基づき、「危険を承知でやる」「国に責任は取れない」と、明言する覚悟はあるのだろうか。(p.61)

 「司法の劣化 1」で紹介した判決ですね。社説を読んだときは、「酷い判決だなあ」で終わってしまったのですが、よくよく考えてみると、今枝氏の言う通りです。最高裁は、想定を上回る自然災害の前には人間は無力で、誰も責任は取れないと結論づけたわけです。
 岸田首相に強く要望します。原発の新設や再稼働を公言するときは必ず枕詞のように、「想定を超える自然災害が起きたら原発事故は防げません」「よって政府は責任を取りません」「被災者となった方々は…見捨てます」と付け加えてください。

 もう一つ追記です。『グローバル資本主義の物語』(倉田稔 NHKブックス883)のなかに下記の一文があります。原発新設に防衛費GDP比2%、やはり自民党の本質は、政権に居座って金を儲けたいと考える方々の寄り合い所帯なのですね。

 現在、お金儲けにとって最もよい商品は、武器・兵器、ウランや原発設備などである。(p.25)

by sabasaba13 | 2022-08-31 07:25 | 鶏肋 | Comments(0)
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