社会の無反応

 それでは差別やヘイト・クライムを根絶するために、私たちはどうすればよいのか。ヘイト・クライムの現状と根絶への対策について、石橋学氏が『週刊金曜日』(№1378 22.5.27)の中でこう述べられています。

 あまりに不条理で切迫した被害の訴えに古川禎久法相は開口一番、強い調子で断じたという。
 「胸が張り裂ける思いだ。ヘイトクライムは犯罪であり、決して許されない」
 20分ほどの面談で、差別を動機とした犯罪の深刻な実態を懸命に語った川崎市の在日コリアン3世、崔江以子(チェカンイジャ)さんはうなずいた。
 「法相は、ヘイトクライムは犯罪で、許されないのは当たり前だと言っていた。国として許さないことがあらゆる場で示され、対策が講じられると信じている」
 4月28日、緊急対策を求めてNGO「外国人人権法連絡会」が申し入れ、公明党の橋渡しで実現した面談だった。
 崔さんは民族差別をなくすための公的施設「川崎市ふれあい館」の館長。同館がある川崎区桜本は在日コリアンが多く暮らす。ともに生きるまちづくりに取り組む人々の願いを土足で踏みにじるヘイトデモが2015年、16年と立て続けまちを襲い、その被害を国会で証言したのも崔さんだった。
 「『死ね、殺せ』と言われ続けたままでは、いつか本当に殺される」
 訴えは国会議員の心を動かし、ヘイトスピーチ解消法は成立をみた。19年、全国で初めてヘイトスピーチに刑事罰を科す川崎市条例の実現にもつながった。
 だが、理不尽にも差別主義者やネット右翼の目の敵にされ、インターネット上の差別書き込み数百万に上る。卑劣な攻撃はネット上にとどまらず、16年には切り刻まれた崔さんの顔写真にゴキブリのイラストが貼られた脅迫状が届いた。翌年は本物のゴキブリの死骸が送りつけられた。20年、在日コリアンの虐殺宣言と爆破予告がふれあい館に相次ぎ、21年、崔さんに宛て「コロナ入り」と記された脅迫文には「死ね」の文字が14回も書き連ねられていた。
 今年2月には包丁を手に「武装なう」とツイッターに投稿した男が「桜本で抗争したい」とヘイトクライムの実行をほのめかした。防刃用ベストが手放せない崔さんだったが、両腕の先まで覆う「防刃アームカバー」まで装着しなければならなくなった。面談では脅迫文や防刃ベストなどのほか、かばんにしのばせた警棒や防犯ブザーを古川法相の前に並べ、ヘイトクライムの脅威にさらされている異常な日常を感じてもらったという。
 「法律ができて6年で当時より厳しい状況になるとは予想もしていなかった。助けてください、見殺しにしないでくださいとお願いしてきた。朝鮮人と分かると殺されるのでルーツを隠して生きた方がいいと子どもたちに伝えるような社会でいいのでしょうか、と」
 事態は悪化の一途だ。桜本と同じく在日コリアンが集住する京都府宇治市のウトロ地区では21年8月、民家など7棟を全半焼する放火事件まで起きた。逮捕・起訴された男は名古屋市や奈良県でも民団や韓国学校に火を放っていた。メディアの取材に韓国人への悪感情を抱いていたと認め、ヘイトクライムであることは明らかだ。
 「ウトロの次は私たちの地域だったのではないか。日本で暮らす在日コリアンはみな不安の中にいる。差別犯罪の被害から守られ、すでに生じている被害に追いつく策をお願いしたい」
 面談後の記者会見でそう念を押す崔さんに、同じ属性の人々を痛めつけ、恐怖させるヘイトクライムの罪深さが刻まれていた。
 外国人人権法連絡会が手渡した緊急対策は(1)ヘイトクライムの根絶に向けた対策をとる宣言を行なう。(2)対策担当部署を設置する。(3)警察官や検察官、裁判官が差別的動機を認定できるよう研修する。(4)包括的な人種差別撤廃対策と法整備を行なう-など12項目に及ぶ。それはまた、根絶宣言さえできていないというこの国の放置、容認の裏返しでもあった。提言をまとめ、面談に参加した師岡康子弁護士は訴える。
 「ヘイトクライムを食い止めないまま、勇気を出して被害を訴えた人を見殺しにしていいのか」 (p.6)

 特に(4)の法整備が重要だと思います。真っ当な国だったら制定している差別禁止法が絶対に必要です。つけくわえれば、「差別大国・日本2」で紹介した、人種差別撤廃条約が規定している個人通報制度の活用です。国内で人種差別を受けて最高裁まで争って救済されなかった場合に国際的に訴えることができる、言うなれば国際的な人権救済申し立て制度です。しかし残念かつ理不尽なことに、日本はこの制度を受諾していません。主要先進国では、日本とアメリカだけだそうです。自国の最高裁のほうが国際的な委員会より質が高いからというのが、日本とアメリカの本音のようですが噴飯ものです。アメリカ政府が日本の外務大臣や最高裁長官などとひそかに接触し、望み通りの判決を出させた「砂川裁判」についてはどう申し開きするのでしょう。
そして何よりも法整備をせず個人通報制度を受諾せず、差別を放置・容認し、その根絶に対してまったくやる気のない自民党・公明党政権に退場していただくことが最優先です。

 もう一つ、『ウトロ ここで生き、ここで死ぬ』(中村一成 三一書房)からぜひ紹介したいコメントがあります。ウトロ出身で、京都朝鮮第一初級学校の卒業生。そして母校への襲撃事件の弁護団員でもあった在日三世の具良鈺氏の、ある市民集会でのコメントです。

 お願いがあります。放火をするヘイト犯がいると同時に、いやそれ以上に、卑劣な行為に反対する強いパワーがあるのだと、ウトロの住民に、在日コリアンに知らせてください。こうした集会もそう。これまで発せられた数々の声明もその一つです。裁判という公の場所で、見向きもされなかったヘイト被害の実態が語られ、差別に抗った人びとがいたことが公的な文書記録として残ることも、裁判結果が望まざるものだったとしても意義のあることだと思っています。一番怖いのは社会の無反応です。皆さんがそれぞれの場所でこの問題に関心を持ち、広がりを持つ形で「ヘイトは許さない」という強いメッセージを当事者に届けることができればと思います。(p.340~4)

 "一番怖いのは社会の無反応"、背に冷水を浴びたような気がします。自公政権もたしかに問題なのですが、何よりも彼らを政権の座につけ続ける日本社会がもっと問題だと思います。結局、日本の社会全体が差別に対して無関心であり、それを許容しているということでしょう。在日コリアンに加えて、沖縄やアイヌの人々、被差別部落、外国人労働者、障碍者、そして女性。差別の博物館のようなこの国に蔓延する差別の諸相に慄然とします。そして差別の刃は、所謂「普通の日本人」にも向けられつつあります。資本を儲からせる能力や技術力のない人々への差別、「国益」のために不可欠である核(原子力)発電所を維持するための事故の過小評価と隠蔽、結果としての福島の人々への差別。企業と官僚と政治家の利益、いわゆる「国益」に貢献しない人びとを、片っ端から差別して切り捨てる。末法の世、ここに極まれり。1%の富裕層と企業を儲からせる能力のある人たちを優遇し、金も能力もない99%の人たちを差別して切り捨てる、ということだと思います。差別された人たちのやり場のない不安・不満・ストレスは、スマート・フォンを与え、中国・韓国・北朝鮮への根拠のない優越感を感じさせ、あるいはオリンピックというお祭り騒ぎにまきこんで解消させる。世はなべて事もなし。

 差別をする側にまわれば、差別をされていることを忘れられる。そういうことかもしれません。

by sabasaba13 | 2022-09-03 07:11 | 鶏肋 | Comments(2)
Commented by 名無しさん at 2025-05-30 22:47
筆者も他者を糾弾する一方で、自身が差別者であることを忘却している
Commented by sabasaba13 at 2025-05-31 11:56
 こんにちは、「名無しさん」さん。コメントをありがとうございました。ただあまりにも文章がシンプルで、私が差別者であることを論証する内容もないので、回答のしようがありません。
 きちんとした論証や明証をともなったコメントをいただければ、実りある議論もできるかと思います。そうしたコメントをお待ちしております。それでは。
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