『メイド・イン・バングラデシュ』

『メイド・イン・バングラデシュ』_c0051620_10254324.jpg グローバリゼーションに関する本を読んでいると、私たちの一見豊かな暮らしが、いかにグローバル・サウスからの資源と労働力の収奪に依存しているかを思い知らされます。その際に、しばしば例として挙げられるのが、バングラデシュの女性労働者です。私たちが安い価格で購入し使い捨てる衣料が、彼女たちの低賃金と過酷な労働条件によるものであること。そしてそれが不可視化され、私たちが気にも留めていないこと。その点を指摘した二冊を紹介します。

人新世の「資本論」』 (斎藤幸平 集英社新書1035A)
 そうはいっても、遠く離れたメキシコやブラジルで起きた事故など、日本人の関心は及ばないかもしれない。自分にはまったく関係ないと思う読者もいるだろう。だが、この「人災」に、私たち日本人も、間違いなく加担してきた。
自動車の鉄、ガソリン、洋服の綿花、牛丼の牛肉にしても、その「遠い」ところから日本に届く。グローバル・サウスからの労働力の搾取と自然資源の収奪なしに、私たちの豊かな生活は不可能だからである。
 ドイツの社会学者ウルリッヒ・ブラントとマルクス・ヴィッセンは、グローバル・サウスからの資源やエネルギーの収奪に基づいた先進国のライフスタイルを「帝国的生活様式」(imperiale Lebensweise)と呼んでいる。
 帝国的生活様式とは要するに、グローバル・ノースにおける大量生産・大量消費型の社会のことだ。それは先進国に暮らす私たちにとっては、豊かな生活を実現してくれる。その結果、帝国的生活様式は望ましく、魅力的なものとして受け入れられている。だが、その裏では、グローバル・サウスの地域や社会集団から収奪し、さらには私たちの豊かな生活の代償を押しつける構造が存在するのである。
 問題は、このような収奪や代償の転嫁なしには、帝国的生活様式は維持できないということだ。グローバル・サウスの人々の生活条件の悪化は、資本主義の前提条件であり、南北の支配従属関係は、例外的事態ではなく、平常運転なのである。
 ひとつ例を挙げよう。私たちの生活にすっかり入り込んだファスト・ファッションの洋服を作っているのは、劣悪な条件で働くバングラデシュの労働者たちである。2013年に、五つの縫製工場が入った商業ビル「ラナ・プラザ」が崩壊し、1000人以上の命が犠牲になる事故があったのは有名だ。
 そして、バングラデシュで生産される服の原料である綿花を栽培しているのは、40℃の酷暑のなかで作業を行うインドの貧しい農民である。ファッション業界からの需要増大に合わせて、遺伝子組み換えの綿花が大規模に導入されている。その結果、自家採取の種子が失われ、農民は、遺伝子組み換え品種の種子と化学肥料、除草剤を毎年購入しなくてはならない。干ばつや熱波のせいで不作ともなれば、農民たちは借金を抱えて、自殺に追い込まれることも少なくない。(p.27~8)

地球が燃えている 気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提言』 (ナオミ・クライン 大月書店)
 それなのに、私たちは前代未聞の「つながり」の時代に生きているとよく言われる。なんと皮肉なことか。たしかに、私たちは一世紀前には想像もできなかったほど広大な地域の人々と、ものすごいスピードで簡単にコミュニケーションがとれる。しかし、ウェブ上で世界中の人々とお喋りができるこの時代に、自分たちともっとも密接に関係している人々-火災時に避難するのも困難な工場で、私たちが身に着ける衣類を作っているバングラデシュの若い女性たち、また、私たちの腕の延長のようになってしまった携帯電話に使われるコバルトを採掘するために、コバルトの粉塵を肺一杯に吸い込んで働くコンゴ民主共和国の子どもたちなど-とのつながりは、なぜか少ないのだ。私たちの経済は、故意に見ることをやめた幽霊たちで成り立っている経済だ。(p.149~50)

 世界の繊維産業を支えるバングラデシュ。国内の縫製工場労働者の80%が女性で平均年齢は25歳。その過酷な労働環境と低賃金に立ち向かう女性を描いた映画『メイド・イン・バングラデシュ』が、岩波ホールで上映されるとのことです。これは山ノ神をし、もとい、山ノ神と一緒に見にいきたい。彼女も賛同、先日の土曜日に見てきました。公式サイトから、あらすじを引用します。

 23歳のシムは、首都ダッカの衣料品工場で働いている。女性たちがせわしなくミシンを踏み続ける中、工場では男性幹部が威張り散らし、泊りがけも余儀なくされるほど環境は厳しく、給料は未払いが続いていた。家では夫が働かず、シムが働いて得たお金をアテにする毎日。そんなある日、労働者権利団体のナシマ・アパに声をかけられたシムは、同僚たちを説得し、労働組合の結成を目指して立ち上がる。仲間たちと労働法を学び、署名を集め組合結成に向け奔走するが、工場幹部からの脅し、夫や同僚の反対など、さまざまな困難が待っていた…。

 とにかく主人公のシムが労働組合を作る過程の描写に圧倒されました。会社からの妨害は激化し、シムの活動に賛同できない夫は家庭内暴力をふるうようになりますが、シムは仲間たちのためにあきらめません。ときに涙を流し、ときに啖呵を切りながら果敢に権力に立ち向かっていきます。本作品は『ブラス!』と並ぶ労働組合映画の傑作です。
 シムを演じたリキタ・ナンディニ・シムの熱演にも拍手を贈ります。強さと弱さをあわせもち、仲間を大切にし、そして機転をきかせて労働組合の結成に成功する女性を見事に演じていました。
 そして、私たちが彼女たちへの搾取に加担しているのではないかと考えさせられる場面もありました。映画の中に、彼女たちのひと月の稼ぎが、工場で毎日1650枚ほど作っているTシャツ2~3枚分の売値に過ぎないと知って愕然とするシーンがありました。どうしたらよいのか途方にくれてしまいますが、せめてこの問題に関心を持ち続けたいと思います。
 そして見知らぬ国・見知らぬ人びとを知ることが、映画を見る喜びの一つです。「色彩の洪水」とルバイヤット・ホセイン監督が評したダッカの街並み、褐色の肌によく映えるカラフルな民族衣装、あふれる街の音や音楽、日本とは違うところが多々ありますが、ここでも私たちと同じ人間が泣き笑い、日々を暮らしているということが実感できました。

 こんな素敵な映画を作ってくれたルバイヤット・ホセイン監督に、そしてそれを見せてくれた岩波ホールに感謝したいと思います。ありがとうございました。そして7月29日をもって岩波ホールは閉館となりました。本作が、私が岩波ホールで見た最後の映画となります。これまで長い間、私どもに素晴らしい映画を見せてくれた岩波ホールに深く感謝いたします。

by sabasaba13 | 2022-10-19 06:20 | 映画 | Comments(0)
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