少し前ですが、山ノ神とともにシネ・リーブル池袋で映画『教育と愛国』を見てきました。いま、教育の現場はどうなっているのか、子どもたちは生き生きと学んでいるのか、教員は思うように授業ができているのか、いたく気になります。イギリスの政治家、トニー・ベンの言です。政府が国民を服従させるときには、教育と健康と自信を打ち砕く 国家権力に抗うための重要な基盤である教育、その教育の現場を真っ向から取り上げたドキュメンタリー映画、これは興味津々です。映画の公式サイトから、紹介文を引用します。 ひとりの記者が見続けた"教育現場"に迫る危機。教科書で"いま"何が起きているのか? なお本作品のプログラムには、シナリオが採録されていました。これは本当に嬉しい、ぜひすべてのプログラムで行なっていただきたいものです。 冒頭のシーンは小学校二年の道徳の授業、教科書(教育出版)に載っている設問です。 れいぎ正しいあいさつは、どのあいさつでしょうか。 正解は二だそうです。…どうでもいいだろそんなもの!と啖呵を切りたくなりますね。また小学一年の道徳教科書では、教科書検定は「伝統とぶんかの尊重、国や郷土を愛する態度」に照らして扱いが不適切だとして、「パン屋」を「和菓子屋」に変更させました。どうでもいいだろそんなもの!と半畳を入れたくなりますね。 この二つのエピソードから、現今の教育のあり方が見えてきます。まずは教科書の無謬性、教科書の内容を何も考えさせずに子どもたちに注入すること。そして日本の伝統と文化の優越性を強調すること。本作品では、政治が教科書を通して、優秀な日本の伝統と文化を子どもたちに注入している現状とその問題点を描いています。いわゆる愛国心教育ですね。 そのもっとも激しいせめぎ合いの場は、従軍慰安婦や強制連行や沖縄における"集団自決"などの戦争中の負の出来事です。右翼団体の街宣活動や脅迫状・抗議はがき、教科書検定、閣議による歴史認識の押しつけ、地方議会議員による詰問などの手練手管を駆使して、それに関する記述を教科書から取り除かせていく。そのやり方も巧妙かつ陰湿なものと化しています。映画に登場した出版労連教科書対策部の吉田典裕氏は、こう語っています。 今の言葉でいうと忖度の世界になってしまっているわけです。言わば検定でサジェスチョンを受けて、どう直すかは、著者と編集者がやりとりして、修正表を作って、調査官とすり合わせをするんです。ここがストライクゾーンなのか、ボールなのか、そういうやりとりをしながら、これでOKねと決まっていくんですね。直接こういうふうに直せとは言わないということなんです。ここが違うからなんとかしろと。趣旨はこういうことです。そこまでは言います。だけど、こういう記述にしなさいと、そこはさすがに言わない、そういうことです。実際は「圧力」がかかっているんだけれども、直した責任は教科書会社にあるという、そういう制度なんですよ (p.27) さらにこうした圧力は、学問の府・大学へも向けられていきます。例えば、「ジェンダー平等社会の実現」という論文の中で慰安婦を研究対象にした大阪大学の牟田和恵教授に対する圧力を、映画では取り上げています。その研究に公的な資金援助(科学研究費助成事業)が使われたことに対する杉田水脈衆議院議員(自民党)の批判が紹介されています。そう、政務官に任命されて問題となっているあの方ですね。衆院予算委員会(2018.2.26)での発言です。 今、慰安婦問題の次に徴用工の問題というのは非常に反日のプロパガンダとして世界に情報がばらまかれておりまして。そこのところに日本の科研費で研究が行われている研究の人たちが、その韓国の人たちと手を組んでやっている (p.36) そして学問への政治介入の動きはますます露わになり、とうとう重大な一線を超えました。日本学術会議における任命拒否という問題です。当事者である岡田正則・早稲田大学教授は、映画のなかでこう述べられました。 今日、私たちの社会はグローバル化しているということなんですね。それぞれの国家がコントロールしようとしても、それが実は及ばない。こういう状況の中で、それぞれの国民国家が存在意義を示すにはどうするかというと、国境を示して、やれ尖閣がどうだ、竹島がどうだと、これ許していたらどんどん日本本土も奪われちゃうぞと。ほら、お前たちの生存を守ってやるんだから国家に従え、こういうことでこの国民国家はなお存在意義があるんだぞとなんとか示そうとしているわけです。将来について自分たちの支配をなんとか続けるようにという、このためのやりたいこと。これが学校現場での日の丸君が代強制とか、あるいは学術会議を弱体化させるというんですかね。従属させて、日本の学術を政治に役立つように、こっちへもっていこうということなのかと思います (p.37) 反政府・反日という動きを封じ込めるということでもあるでしょう。その傍証となるのが、愛国教育を推し進める「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーとして、教科書を執筆した伊藤隆・東京大学名誉教授へのインタビューです。氏の著作は何冊か読んだことがあり、手堅い実証主義者という印象を持っていたのですが、その発言の内容に驚きました。 -育鵬社の教科書が目指すのは何になるわけですか? 歴史教育を学ぶ必要はない、という衝撃的な発言です。氏にとって歴史教育とは、愛国心を植えつけるための道具なのでしょうか。 教育は誰のためのものなのか、何のために行なわれるのか、あらためて深く考えさせてくれる映画でした。お薦めでした。 なおプログラムに、白井聡氏の鋭い卓見が掲載されていたので紹介します。 バブル崩壊以降の慢性不況により国運の衰微が明白になり、経済発展というナショナル・アイデンティティが揺らぐなかで、「貧すれば鈍する」のわかりやすい実例のように、ますます多くの日本人が安易な愛国ゲームへの依存を深めてきた。そのとき、戦後民主主義を支えてきた微妙なバランスは崩れる。政治家(ならずもの)たちは、そのバランスの崩れを自らの権力資源に取り込もうと、ますます「愛国主義」を喧伝するようになる。(p.21) もう一つ、参考になる考察を、『週刊金曜日』(№1389 22.8.19)から引用します。 凱風快晴ときどき曇り 教員に伝えたいこと 内田樹 私は教員たちには「無駄な仕事はする必要はない。ほんとうに大切なことだけに全力を集中したほうがいい」と言うことにしている。
by sabasaba13
| 2022-10-30 06:11
| 映画
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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