それではホテルに戻りましょう。趣向を変えて白川沿いを走っていると、手すりのない細い
橋がありました。

後学のために解説を転記します。
一本橋
この橋は、比叡山の阿闍梨修行で千日回峰行を終えた行者が、粟田口の尊勝院の元三大師に報告し、京の町に入洛するとき最初に渡る橋であり、行者橋とも阿闍梨橋ともいわれる。
また江戸時代、この橋を粟田祭の剣鉾が差して渡る「曲渡り(曲差し)」が呼び物であった。
屋根一面に青々と草が生えた珍しいお宅がありました。仁王門繁栄会にある「ますや」は、質屋とは思えぬ領主の館のような佇まい。

「ホテル平安の森京都」に着いて自転車を返却し荷物を受け取って市バスに乗り三条京阪駅へ。目指すは宇治です。京阪電車の特急で中書島駅へ、乗り換えて京阪宇治駅に着きました。まずは日本最古の本殿・拝殿がある宇治上神社へ。後学のため、解説を転記します。
宇治上神社は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)で採択された世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約に基づき、「古都京都の文化財」のひとつとして世界遺産リストに登録されました。このことは、人類全体の利益のために保護する価値のある文化遺産として、とくにすぐれて普遍的価値をもっていることを国際的に認められたことになります。
宇治上神社の創建は古くさかのぼりますが、平安時代に平等院が建立されるとその鎮守社となり、その後、近在住民の崇敬を集めて、社殿が維持されてきました。
本殿は、正面一間の流造の内殿3棟を並立させ、それを流造の覆屋で覆った特殊な形式となっています。建立年代については、蟇股の意匠及び組物などの細部の特徴から平安時代の後期に造営されたものとみられ、現存する神社本殿としては最古の建築です。
また拝殿は鎌倉時代の初めに建てられたもので、現存する最古の拝殿です。意匠的には切妻造の母屋の左右に庇をつけた形であり、屋根はその部分が縋破風となっていることなど住宅風となっている点に特色がみられます。
神のための本殿に対し、人の使う拝殿には住宅建築の様式が採用されることが多く、ここでは、拝殿が初めて建てられた頃の住宅建築の様式である寝殿造の軽快な手法が、鎌倉時代の再建にも受け継がれたと考えられます。
本殿の後方は広大な森林が広がっており、こうした環境は緩衝地帯の一部となっています。


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