国ぐるみのいじめ

 とうとう改正入管難民法が成立してしまいました。いや、この言い方は良くないな、自然現象みたい聞こえてしまう。言い換えましょう。自由民主党・公明党・日本維新の会・国民民主党などが改正入管難民法を成立させました。『東京新聞』(2023.6.10)から引用します。

改正入管難民法成立 強制送還におびえる日本で生まれ育った子どもたち「家族ばらばらに」
 3回目以降の難民申請者の強制送還を可能とする改正入管難民法が成立した9日、日本で生まれ育った在留資格を持たない子どもたちは、改正入管難民法の成立にショックを受けている。
 埼玉県に住むトルコの少数民族クルド人で大学4年男性、アランさん(21)=仮名=は「本当にがっかりした」と話す。家族と9歳の時にトルコから逃れてきた。難民申請を3回したが不認定で今回の法改正で、強制送還される可能性が出てきた。
大学院を目指し勉強中だが「面接もせず書類審査だけで多くの人が不認定になったと国会審議で知ってショックだった。送還されれば、私の人生はめちゃくちゃになる」と心配する。
 同県に住む中学2年女子のクルド人、セレンさん(14)=同=は、父親が政治運動に参加したことで迫害され、家族でトルコから日本に逃れてきた。父親は難民申請を3回したが認められず、セレンさんと母親は難民申請を一度したが認められていない。
 セレンさんは「お父さんが送還されれば私たちもついて行かざるを得ない。でも私は2歳から日本で育ち、トルコ語の読み書きもできない。トルコで差別されるのも怖い」と不安を訴えた。
 セレンさんやアランさんは国会内での集会に参加し窮状を訴えた。「応援してくれる国会議員は来てくれたけど、もっとたくさんの政治家に聞いてほしかった」とセレンさんは言う。
 在留資格がない子どもたちは保険証も与えられず、病気になっても病院に行けないなど過酷な生活状況に置かれている。国会審議でも議論になり、斎藤健法相は18歳未満の子どもに関しては在留特別許可を与えることを検討すると表明した。
 日本生まれのペルー国籍の高校2年の優菜さん(16)=同=は「子どもに在留特別許可が与えられてもお母さんたちに与えられなければ家族がばらばらになってしまう。一家全員で日本で暮らせるようにしてほしい」と話した。(池尾伸一)
◆ウィシュマさん遺族「人の命を軽視」
 改正入管難民法の採決が行われた参院本会議場の傍聴席には、名古屋出入国在留管理局(入管)で十分な医療が受けられず亡くなったスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん=当時(33)=の妹ワヨミさん(30)、ポールニマさん(28)らの姿があった。
 ウィシュマさんの遺影を手にした2人は、通訳の言葉に時折うなずきながら激しくやじが飛び交う議場を見つめていた。討論後の採決で賛成の議員が次々に起立すると、身を乗り出して議場を見回していた。
 成立後、2人は硬い表情で報道陣の取材に応じた。ワヨミさんは「とても遺憾。人の命を軽視する姿勢が表れている」と語った。大阪入管で医師が酒に酔って診察していたことへの国の対応がなされていないことに触れ「賛成した議員たちに聞きたい。人権についてちゃんと考えたのか。考えたのならなぜ賛成できたのか」と問いかけた。
 同席した指宿昭一弁護士は、大阪入管の問題に加えて難民審査参与員制度の在り方などに批判が高まり、法改正の正当性が揺らいでいる中での成立だとして「与党が数の力で強行したのは許せない。今後も多くの市民とともに入管の闇やウィシュマさんの事件の真相を解明し、入管に責任を取らせる活動を続けていく」と力を込めた。
国会前には複数の市民団体のメンバーも集まり、「入管法改悪反対」「命を守れ」と声を張り上げた。(太田理英子)

 官僚や、自民党・公明党・日本維新の会・国民民主党などに所属する議員、それらの党を支持する方々、および選挙で棄権された方々は、アランさんの、セレンさんの、優菜さんの、ウィシュマさんの、ワヨミさんの、ポールニマさんの、多くの人びとの痛みや苦しみを感じることができないのでしょうか。『ガザに地下鉄が走る日』(岡真理 みすず書房)に登場するムハンマド・マンスール医師は「人間性という言葉が意味するものとは何ですか?」という問いに対してこう答えます。(p.273)

 他者の痛みを知る力です。

 人間性を喪失した官僚と政治家、そして多くの人びと。彼ら/彼女らに痛めつけられ苦しめられる外国人。これは…国家による"いじめ"ではないでしょうか。ちなみに文部科学省による"いじめ"の定義は、下記のものです。

 「いじめ防止対策推進法」という法律に、「いじめ」とは、「児童等に対して、当該児童等が在席する学校に在席している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛と感じているものをいう。」と定められています。
 つまり、受けた側の人が嫌な気持ちになったり、痛みを感じたりすることを「いじめ」と呼びます。したがって、それを行った人が「いじめ」と考えていなくても「いじめ」になります。

 身に危険が及びかねない祖国に強制送還され、保険証はもらえず、家族がばらばらにされ、そして殺される。言うまでもなくとてつもなく嫌な気持ちや痛みを感じている外国人が存在します。それを行なう官僚や、それにお墨付きを与える政治家諸氏は"いじめ"と考えていないでしょうが、これは厳然たる"いじめ"です。

 国家権力による"いじめ"をさらに合法化した今回の法改正。しかし他人事ではありません。経済成長に貢献しない人びと(私もその一人)に対する、文字通り国ぐるみの"いじめ"がこれからも猖獗を極めていくことでしょう。我慢して耐え忍ぶのか、このおぞましいシステムを変えるのか、それは私たち次第です。昨日掲載したディック・グレゴリーの言葉を再掲しましょう。

 僕らはこの社会体制をぶち壊す。永くこの社会にはびこっていた癌を取り除く。アメリカは強く、美しくなる。あるべき姿になる-黒人のためにも、白人のためにも。そして、みんな、初めて自由になる。人間を人間以下の存在にしてきた社会体制からの解放だ。憎しみと恐怖と無知を叩き込んできた体制からの脱却だ。

 追記です。たまたま昨日『太平洋食堂』(柳広司 小学館文庫)を読んでいたら、こんな一文がありました。

 こんにち、世の中の社会主義者、革命家らを嘲り、彼らを迂遠なるもの、馬鹿らしきものと軽侮する者があるが、日本の社会はすでにあちらこちらで火の手があがっているようなものだ。それなのに、皆が皆、ただ指をくわえて眺めていたのではしようがないではないか。火勢が強くなり、火事が広がれば広がるほど、犠牲者が増える。犠牲となるのは、まず貧しい者たちであり、女や子供といった弱い者たちだ。
 誰かが火事場に飛び込んで、社会の欠陥を除去しなければならない。あとは各人、燃え盛る炎の中に飛び込む勇気があるかどうかだ。(p.239)

by sabasaba13 | 2023-06-11 08:14 | 鶏肋 | Comments(0)
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