旧赤星鉄馬邸

 ある日ある時、「東京新聞」を読んでいた山ノ神が、旧赤星鉄馬邸というモダニズム建築が一般公開されているという記事を見つけました。どりゃどりゃ、おっ、わが敬愛するアントニン・レーモンドの設計ではないか。しかも予約の必要なしで無料、これは行かずにゃなるめえ。翌日は平日ですが仕事を休める日、予報では雨なので来館者も少ないでしょう。よろしい、行ってみましょう。

 好月好日、小糠雨が静かに降るなか、JR吉祥寺駅で降りてバスに乗ること十分ほど。成蹊大学の向かい側の路地にすでに行列ができています。中で混雑しないように、六人ずつくらいで順番に入るとのこと。幸い長い行列ではなかったので十数分待ってすぐには入れました。まずはいただいたパンフレットに記載されていた解説を転記します。

 旧赤星鉄馬邸は、五日市街道を挟んだ成蹊大学の向かい側にあります。長く続く壁に囲まれた敷地の面積は約4500㎡、敷地内にある邸宅は、実業家・赤星鉄馬が日本モダニズム建築の先駆者、アントニン・レーモンドに依頼し、昭和9(1934)年に建てられました。鉄筋コンクリート(RC)造住宅で、建築様式は、曲線を取り入れたモダニズム建築です。またその庭には樹木が林立する緑豊かな環境が残っています。市ではこの緑豊かな環境を残せないかと、平成31年(2019)年より前所有者のカトリック・ナミュール・ノートルダム修道女会と土地の一部取得交渉を始めました。令和3(2021)年に前所有者より「周辺の住環境を守るための保全の思いが強くなり、建物と土地のすべてを市に取得してほしい」との意向を受け、建物は国の登録有形文化財の登録を目指すため、市が寄贈を受けることになりました。また、庭は公園として整備していく予定です。
赤星鉄馬
 明治期生まれで大正、昭和期に活躍した実業家です。日本初の学術財団「啓明会」を立ち上げて、幅広い分野の研究者たちの支援をしました。大正12(1923)年の関東大震災により、麻布区鳥居坂(現在の港区六本木)の自邸が半壊したことにより、吉祥寺に転居してきました。武蔵野市百年史では、昭和3(1928)年に武蔵野村が町となった際、新庁舎建設時に多額の寄付をしたことがうかがえる記録が残っています。
アントニン・レーモンド
 オーストリア=ハンガリー帝国(現チェコ共和国)出身。大正8(1919)年、帝国ホテルの建設のため、近代建築の三大巨匠のひとり、フランク・ロイド・ライトの助手として来日。自然と風土に溶け込む実用的で美しい建築デザインで知られるモダニズム建築の先駆者です。第二次世界大戦中を除いて、彼が85歳になるまでの約44年間、日本にとどまり日本の近代モダニズム建築に多大な影響を与えました。レーモンドの設計事務所からは、前川國男や吉村順三など、日本を代表する建築家が育ちました。
カトリック・ナミュール・ノートルダム修道女会
 1800年代初めにベルギーで創設。その後、修道女会は世界に拡大し、日本では大正13(1924)年、岡山県に修道女会を設立。米国で広まった原爆投下の贖罪の募金を資金に赤星鉄馬邸を購入し、シスターの養成施設として使用されてきました。近年はシスターとなる希望者が減少し、平成23(2011)年に最後の一人が巣立ちました。

 入口あたりからは全容は見られませんが、スリットの入った円筒形の白い階段室が洒落ていますね。庇に穿たれた連続する円形の明かり取りも目を引かれます。
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 一階にある広々とした居間・食堂は南側がすべてガラス戸になっており、瑞々しい緑にあふれた庭を一望できる開放感にみちた空間です。
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 作り付けのモダンな意匠の家具は、妻のノエミ・レーモンドによるものだそうです。そういえば、カトリック新発田教会のステンドグラスも彼女のデザインでした。
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 どの部屋にも庭を見渡せる大きな窓と、作り付けの洒落た家具があります。
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 驚いたのは廊下にブロックガラスが設えられていたこと。採光に徹底的にこだわっていることがわかります。
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 そして二階にある書斎へ、飾り棚に穿たれた丸い窓から漏れる光が得も言われぬ雰囲気をかもしています。あたたかく神秘的な景色ですね。ル・コルビュジエのロンシャン教会を彷彿とさせます。
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 玄関ホールへとおりる階段も素敵です。優美な曲線を描く螺旋階段、その下部の大胆な局面、細長い四つの明かり取り、それと呼応するような四重の手すり、レーモンドの美意識には感嘆します。
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 最後に庭園の見学もできました。木々と芝生の緑が目に映えますが、大きな藤棚と数多あるモミジが印象的です。盛りの時期に来たら見事だろうなあ。庭園から白亜の建物を見ると、水平性を強調した構造と、連続する窓(リボン・ウィンドウ)が素敵です。後者はレマン湖畔にある、ル・コルビュジエの「小さな家」を思い起こさせます。
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 こうしてみると、レーモンドはコルにかなり影響を受けているようです。以前に軽井沢にあるレーモンド設計の「夏の家(現ペイネ美術館)」を訪れて書いた拙文を紹介します。

 彼が別荘兼仕事場として軽井沢に建てた「夏の家」が、ここ軽井沢タリアセンにペイネ美術館として保存されているのです。ル・コルビュジェから、盗作だとして抗議されたいわくつきの物件です。実は、この夏の家はコルビュジェへのオマージュであり、発表時にレーモンドは「主室はコルビジエの南米山荘(エラズリス邸)計画に依る」と和英両文で書いたのですが、その注釈に目がいかなかったコルビュジェから抗議文が来ました。結局、誤解は解けて、最終的には自身の案の精神を見事に解釈した作品として称賛したそうです。

 これにて見学は終了。素晴らしい建築を見られて眼福でした。この建物を入手・整備して一般公開をする武蔵野市の見識に心から敬意を表します。

 それでは吉祥寺駅へと戻りましょう。バス停は成蹊大学のすぐ前にありました。そう、故安倍晋三首相の母校です。そういえば『週刊金曜日』(№1291 20.8.7/14)で、彼の恩師の言を青木理氏が紹介していました。

-安倍政権はいつまで続くのでしょう。近いうちに衆院の解散総選挙はあるのでしょうか。
【青木理】 さあ、政治記者でない僕にはわかりません。ただ、現政権の「強さ」はもう一つありますよね。『安倍三代』の取材で、晋三の大学時代の恩師の加藤節(たかし)・成蹊大学名誉教授に現政権の評価を尋ねたら「二つのむち」という言葉が返ってきました。「無知」と「無恥」。前者はもちろん、後者はある意味で最強です。王様が取られても「負けていない」と言い張れる廉恥の欠如。多少なりとも廉恥の情があれば、もう何度も政権は終わっているはずなんですけどね。(p.17)

 この方を国葬とした岸田文雄首相と、彼を政権の座に居座らせている有権者の見識が問われますね。

by sabasaba13 | 2023-06-16 06:06 | 美術 | Comments(0)
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