ワールドカップの狂騒が終わってかなり経ちました。主催国カタールが大会のために行なった人権侵害やそれに対する抗議など、いろいろな問題があったことは忘れずにいたいと思います。ま、私もそこそこ日本チームを応援し、決勝のアルゼンチン-フランス戦を大いに楽しみました。凄い試合でしたね、うん。 その余韻が冷めやらぬなか、出会ったのが『橋を架ける者たち -在日サッカー選手の群像』(木村元彦 集英社新書0849)という本です。カバー袖の紹介文を転記します。 吹き荒れるヘイトスピーチ、嫌韓反中本の数々…。後押しするかのように、行政もまた朝鮮学校へ相次ぐ差別的な措置を下している。しかし、我々はそこに生きる、ひたむきに何かに打ち込む若者の物語に耳を傾けたことがあっただろうか…。強豪として知られる朝鮮高校蹴球部出身の安英学、梁勇基、鄭大世…。スーパープレイヤーたちの物語から、彼らを取り囲む日本社会の今が見えてくる。 在日朝鮮人のサッカー選手や若者たちが、私たち日本社会によっていかに可能性と未来を奪われてきたか。二つの文章を引用します。 「私は紛れも無いサッカーの敗者である。いや、私だけではなく全ての朝鮮高校サッカー部員たちは敗者だった。戦わずして敗者でなくてはならない者たち。私は目標を持たない数々の名選手を知っている」 当時の在日コリアンがいかに日本社会から疎外されていたか。一例を挙げるとガンホンと同じ年齢である日本テコンドー協会の河明生会長は「在日二世の記憶」(集英社新書WEBコラム)でこんな言葉を残している。 何処のチームにも属することができない過酷な状況の中、練習場を探し、黙々とトレーニングを続け、やがてJリーガーとなりワールドカップに出場した在日アスリートの群像を、著者の木村氏は克明に描いていきます。 しかし在日サッカー選手への執拗な差別はなくなりません。時は2014年3月8日。Jリーグ第二節の浦和レッズとサガン鳥栖の試合で、埼玉スタジアムのゲート入口に「JAPANESE ONLY(日本人以外お断り)」という差別的な横断幕が掲げられました。その後、村井満チェアマンは、浦和レッズに対して無観客試合という大きなペナルティを科しました。私も報道によっておおまかには知っていたのですが、本書を読んで真相を知り愕然としました。以下、長文ですが引用します。 しかし、私はこの無観客試合を伝える報道に大きな違和感を覚えていた。ほとんどが、その差別の本質にフォーカスしない。情緒的で玉虫色の散文に終始していた。すなわち事件の背景にまったく触れずに、観客のいない試合を感傷的に描くものがほとんどであった。「JAPANESE ONLY」の横断幕は人種差別の意図を持ち、属性で人を排外するヘイトアピールであった。ではこの言葉の刃はどこに向けられたのか? 多くの記事はクラブの「ゴール裏に最近外国人が多く入って来て応援の統制が取れないから」という公式見解をただ流していたが、そうではないだろう。はっきりと書いておこう。日本国籍を取得しこの年から浦和に移籍した在日韓国人李忠成に向けてではないか。李がレッズに移籍してくるという噂が流れ始めたころから浦和関係のネット掲示板では酷いヘイトが撒き散らされていたのである。端的に言えば「帰化しようが朝鮮人は朝鮮人」「浦和に朝鮮人選手は要らない」という言説が充満していた。そしてそのことはほとんどの記者もサッカーライターも知っていたはずではないか。何よりも選手である槙野智章がしっかりと反応し、自らのツイッターで「浦和という看板を背負い、袖を通して一生懸命闘い、誇りをもってこのチームで闘う選手に対してこれはない」と勇気を持って指摘している。事実、事件の後、何かが起こらない限り、めったなことでは動かない警察が危険を感じて李の自宅を警備に来たのである。李忠成の父親である鉄泰は当時の息子の様子を2016年に行われた『サッカーと愛国』(清義明著)出版記念のイベントの中でこう語っている。「忠成は自分はもうレッズを辞めなくてはいけないのかとショックを受けていました。私は息子に『辞めるのは簡単だが、ここで逃げたら、どこにクラブに行っても負け犬のままだぞ。ここから這い上がれ』と言いました。一度、彼は地獄の底まで落ちたのです。でもそこからがんばってくれました」 これこそ木村氏が言うところの「不可視の暴力」です。在日への差別が歴然として存在するのに、それを隠し見えなくすることによって、差別などないことにしてしまう。このことを知らなかった己の蒙を恥じるとともに、差別や加害を明るみにだして直視することができる社会を目指したいと思います。 もう一つ勉強になったのが、CONIFA(Confederation of Independent Football Associations)ワールドフットボール・カップという"もうひとつのワールドカップ"があるのを教示していただいたことです。以下、引用します。 FIFAはもはや息を吸うにもカネが必要な組織となってしまった感があり、主要大会の開催や加盟には国際政治と特権幹部の思惑が絡み、国家レベルで湯水のように裏金を注ぎ込むのが常識とされつつある。アメリカがFBI(連邦捜査局)を中心に今になって必死に捜査を進めたのも、このスポーツ利権を欧州から奪回しようとしたためとさえ言われている。 一方、世界には自分たちの固有の文化に誇りを持ち一国家一民族という同化システムに入ることに与しない少数民族や、迫害を受けて祖国を捨て異国のコミュニティで暮らす人種、固有の領土を持たないが地域に根を下ろして生活している民族などが多様に存在している。そのような人々もサッカーをプレーし、サッカー協会を持ってはいるが、このFIFAの加盟承認の原則では到底掬い上げることは不可能である。加盟のために投入するような潤沢な予算も到底無い。マイノリティである彼らの多くは未来永劫、自分たちと同じアイデンティティーを持つ代表チームを国際大会に送り込むことはできない。いわば戦わずしてすでに敗者にされてしまっている。 そんな人々にプレーする場所を提供しようと2013年に創設されたのが、CONIFA(Confederation of Independent Football Associations)であった。CONIFA は現在FIFAに加盟できない、あるいはしない地域や民族のサッカー協会をまとめあげる国際団体として機能している。(p.199~200) CONIFAの会長はまさにこのサーミ人のペール=アンデルス・ブランドである。ブランド会長はノルウェーでサーミ人として生まれ三歳で両親と共にスウェーデンに移住するのだが、そこで筆舌に尽くしがたい酷い差別と虐めに遭ったという。 2016年、このCONIFA主催のワールドフットボール・カップに、「在日統一コリアン(United Koreans in Japan)蹴球協会」という団体名で在日コリアンのサッカーチームが出場しました。北も南もない、我々は統一された同じ在日コリアンのチーム、という意味を込めているのですね。 こうしてみると、著者が、本書のタイトル『橋を架ける者たち』に込めた思いが伝わってきます。CONIFA主催のワールドフットボール・カップに統一チームとして出場することで、北(北朝鮮)と南(韓国)に橋を架ける。さらにはサッカーを通して、在日コリアンと日本人の間に橋を架ける。そして在日コリアンが活躍できる場をより広げ増やすことによって、子どもや若者が将来的に生きやすい社会に変えていく。つまり現在と未来の間に橋を架ける。 日本社会のあり方を考えさせられるとともに、たくさんの勇気をもらえる本です。お薦め。 最後に、私の心に残った一文を紹介します。 抗議活動を続けていた野間は試行錯誤の末、このヘイトクライムを抑えるためのアクションに当事者である在日韓国・朝鮮人を関わらせてはいけないという考えにたどりついていた。「マイノリティである在日は対立した場合、圧倒的に不利なんですよ。彼らに抗議をさせてはいけない。このヘイトの問題は日本人の中で解決しないといけないと思ったわけです」(野間)。しばき隊の活動は在日のためではない。マジョリティがマイノリティを守ってやる、そんな傲慢なことはできない、それこそ対等の関係ではない、守るべきはマジョリティもマイノリティも含めた公正な社会そのものである、という理念であった。対立軸を日本人対在日にしない。社会を壊す者対守る者の構図にするのだ。(p.190)
by sabasaba13
| 2023-06-25 07:48
| 本
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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