『橋を架ける者たち』

『橋を架ける者たち』_c0051620_14173438.jpg ワールドカップの狂騒が終わってかなり経ちました。主催国カタールが大会のために行なった人権侵害やそれに対する抗議など、いろいろな問題があったことは忘れずにいたいと思います。ま、私もそこそこ日本チームを応援し、決勝のアルゼンチン-フランス戦を大いに楽しみました。凄い試合でしたね、うん。
 その余韻が冷めやらぬなか、出会ったのが『橋を架ける者たち -在日サッカー選手の群像』(木村元彦 集英社新書0849)という本です。カバー袖の紹介文を転記します。

 吹き荒れるヘイトスピーチ、嫌韓反中本の数々…。後押しするかのように、行政もまた朝鮮学校へ相次ぐ差別的な措置を下している。しかし、我々はそこに生きる、ひたむきに何かに打ち込む若者の物語に耳を傾けたことがあっただろうか…。強豪として知られる朝鮮高校蹴球部出身の安英学、梁勇基、鄭大世…。スーパープレイヤーたちの物語から、彼らを取り囲む日本社会の今が見えてくる。
 サッカーで、差別は乗り越えられるのか。マイノリティに光を当て、選手たちの足跡を描き切った魂のノンフィクション。

 在日朝鮮人のサッカー選手や若者たちが、私たち日本社会によっていかに可能性と未来を奪われてきたか。二つの文章を引用します。

 「私は紛れも無いサッカーの敗者である。いや、私だけではなく全ての朝鮮高校サッカー部員たちは敗者だった。戦わずして敗者でなくてはならない者たち。私は目標を持たない数々の名選手を知っている」
 『パッチギ!』『フラガール』などを製作した1960年生まれの映画プロデューサー李鳳宇(リ・ボンウ)はかつて自分たち在日サッカー選手たちが置かれた境遇をこう書いていた。自身、京都最強と言われた京都朝鮮中高級学校サッカー部のキャプテンであった李は、母校がどんなに練習試合で無敵を誇っても、文部省(当時)管轄ではない各種学校であることを理由に、日本の高校との公式戦には出場できなかった時代を生きてきた。彼らは卒業後、社会人チームでプレーを目指そうにも国籍が障害となり、就職もままならなかった。練習でいくら努力すれども、試合に勝ってどれだけ連勝記録を伸ばそうとも、その先の未来がイメージできない。「戦わずして敗者でなくてはならない者たち」、そして「目標を持たない数々の名選手」、否、正確には「目標を持てない数々の名選手」。これらは、日本社会が在日問題を無かったことにする「不可視の暴力」に連なる言葉でもある。(p.10~1)
 当時の在日コリアンがいかに日本社会から疎外されていたか。一例を挙げるとガンホンと同じ年齢である日本テコンドー協会の河明生会長は「在日二世の記憶」(集英社新書WEBコラム)でこんな言葉を残している。
 -「10歳のころ、学校から東急池上線千鳥町駅に向かって歩いていると、同級生が思い詰めた表情で『ミョンセン(明生)、俺達、将来、何になれるのかな?』と聞くんです。私は『焼肉屋かなぁ、それとも金貸しかなぁ、もしかするとパチンコ屋かもしれないぞ。それから…』と絶句しました。それ以外の将来、朝鮮人がなれる職業が浮かばないんです。10歳でわずか三つしか将来の職業が浮かばないんですから悲しいですよね(笑)。だから勉強して一流大学に行こうとする意味がわかりませんでした。教師にもいわれていましたね。『朝鮮人はいわれのない差別を受けている。東京大学を出てもろくな仕事にはつけないからパチンコ屋で働いている。それならばいずれ統一された差別のない朝鮮に帰ろう! 朝鮮統一のため、朝鮮民族のため、一生を捧げよう』と。その指導者こそが偉大な金日成(キム・イルソン)だから命令を絶対視し、個人利己主義を捨て犠牲精神で祖国と民族のために一生を捧げろ、と叩き込まれましたよ。(略) こんな環境におかれていたので、ケンカに強くなるしか道がありませんでした」-。(p.140~1)

 何処のチームにも属することができない過酷な状況の中、練習場を探し、黙々とトレーニングを続け、やがてJリーガーとなりワールドカップに出場した在日アスリートの群像を、著者の木村氏は克明に描いていきます。
 しかし在日サッカー選手への執拗な差別はなくなりません。時は2014年3月8日。Jリーグ第二節の浦和レッズとサガン鳥栖の試合で、埼玉スタジアムのゲート入口に「JAPANESE ONLY(日本人以外お断り)」という差別的な横断幕が掲げられました。その後、村井満チェアマンは、浦和レッズに対して無観客試合という大きなペナルティを科しました。私も報道によっておおまかには知っていたのですが、本書を読んで真相を知り愕然としました。以下、長文ですが引用します。

 しかし、私はこの無観客試合を伝える報道に大きな違和感を覚えていた。ほとんどが、その差別の本質にフォーカスしない。情緒的で玉虫色の散文に終始していた。すなわち事件の背景にまったく触れずに、観客のいない試合を感傷的に描くものがほとんどであった。「JAPANESE ONLY」の横断幕は人種差別の意図を持ち、属性で人を排外するヘイトアピールであった。ではこの言葉の刃はどこに向けられたのか? 多くの記事はクラブの「ゴール裏に最近外国人が多く入って来て応援の統制が取れないから」という公式見解をただ流していたが、そうではないだろう。はっきりと書いておこう。日本国籍を取得しこの年から浦和に移籍した在日韓国人李忠成に向けてではないか。李がレッズに移籍してくるという噂が流れ始めたころから浦和関係のネット掲示板では酷いヘイトが撒き散らされていたのである。端的に言えば「帰化しようが朝鮮人は朝鮮人」「浦和に朝鮮人選手は要らない」という言説が充満していた。そしてそのことはほとんどの記者もサッカーライターも知っていたはずではないか。何よりも選手である槙野智章がしっかりと反応し、自らのツイッターで「浦和という看板を背負い、袖を通して一生懸命闘い、誇りをもってこのチームで闘う選手に対してこれはない」と勇気を持って指摘している。事実、事件の後、何かが起こらない限り、めったなことでは動かない警察が危険を感じて李の自宅を警備に来たのである。李忠成の父親である鉄泰は当時の息子の様子を2016年に行われた『サッカーと愛国』(清義明著)出版記念のイベントの中でこう語っている。「忠成は自分はもうレッズを辞めなくてはいけないのかとショックを受けていました。私は息子に『辞めるのは簡単だが、ここで逃げたら、どこにクラブに行っても負け犬のままだぞ。ここから這い上がれ』と言いました。一度、彼は地獄の底まで落ちたのです。でもそこからがんばってくれました」
 事件の後に李が浦和から移籍する道を選ばず、どんなに傷ついても残留して結果を出すことを決意したのは、「もしここで自分がクラブを出てしまったら、レッズが『結果的に差別を許してしまったチーム』という目で見られてしまうのではないか」という思いがあったからだと私は近しい関係者から聞いた。その伝で言えば、李は辛いヘイトを浴びせられながら、身を挺して浦和レッズを救ったとも言える。しかし、そこまで踏み込んで言及したメディアはなかった。
 なぜ報道は厳罰を招いた最も重要な「意図」に触れずに一般論に矮小化して問題の原液を薄めようとするのだろうか?
 観客の一人も入っていないスタジアムは当然ながら寂しいし静かだ。しかし伝えるべき肝はそういう「風景」ではないだろう。まず鏡に映ったグロテスクな自分の姿(これはもちろんJリーグを伝える私たちメディアも含めた自分である)を直視してから歩みを始めるべきだ。過去、ブラジル人の闘莉王(トウーリオ)や三都主(サントス)アレサンドロが日本のパスポートを取ったときにこんな事件が起こっただろうか? 否である。むしろ、浦和サポーターは彼らを「外国人」と揶揄した高名なサッカーライターをしっかりと批判していた。日本人は南アフリカのアパルトヘイトや旧ユーゴスラビアの民族浄化にはいともたやすくNOと言える。それがコリアンが相手となると、途端に不寛容になる。(p.227~9)

 これこそ木村氏が言うところの「不可視の暴力」です。在日への差別が歴然として存在するのに、それを隠し見えなくすることによって、差別などないことにしてしまう。このことを知らなかった己の蒙を恥じるとともに、差別や加害を明るみにだして直視することができる社会を目指したいと思います。

 もう一つ勉強になったのが、CONIFA(Confederation of Independent Football Associations)ワールドフットボール・カップという"もうひとつのワールドカップ"があるのを教示していただいたことです。以下、引用します。

 FIFAはもはや息を吸うにもカネが必要な組織となってしまった感があり、主要大会の開催や加盟には国際政治と特権幹部の思惑が絡み、国家レベルで湯水のように裏金を注ぎ込むのが常識とされつつある。アメリカがFBI(連邦捜査局)を中心に今になって必死に捜査を進めたのも、このスポーツ利権を欧州から奪回しようとしたためとさえ言われている。
 一方、世界には自分たちの固有の文化に誇りを持ち一国家一民族という同化システムに入ることに与しない少数民族や、迫害を受けて祖国を捨て異国のコミュニティで暮らす人種、固有の領土を持たないが地域に根を下ろして生活している民族などが多様に存在している。そのような人々もサッカーをプレーし、サッカー協会を持ってはいるが、このFIFAの加盟承認の原則では到底掬い上げることは不可能である。加盟のために投入するような潤沢な予算も到底無い。マイノリティである彼らの多くは未来永劫、自分たちと同じアイデンティティーを持つ代表チームを国際大会に送り込むことはできない。いわば戦わずしてすでに敗者にされてしまっている。
 そんな人々にプレーする場所を提供しようと2013年に創設されたのが、CONIFA(Confederation of Independent Football Associations)であった。CONIFA は現在FIFAに加盟できない、あるいはしない地域や民族のサッカー協会をまとめあげる国際団体として機能している。(p.199~200)

 CONIFAの会長はまさにこのサーミ人のペール=アンデルス・ブランドである。ブランド会長はノルウェーでサーミ人として生まれ三歳で両親と共にスウェーデンに移住するのだが、そこで筆舌に尽くしがたい酷い差別と虐めに遭ったという。
 「殴られたりツバを吐かれたり服を破られたり暴力はまだマシな方で、目に見えない差別に苦しめられた。人としての道を外れてもおかしくない自分を救ってくれたのがサッカーと音楽だった」。多くは語らないが、学校へ行ってクラスメートに暴力を振るわれなかった日は無かったという。孤立し社会を恨み、やさぐれてドロップアウトしかけた瞬間が多々あったのではないかと思われる。
 ブランドはそんな自分を救ってくれたサッカーの力を信じた。ピッチの上では人種も民族も宗教も超えることができる。どんなに抑圧された民族でも誇りを持ち、自分たちのアイデンティティーを発信する力を与えてくれる。しかし、FIFAには限界があった。本来なら ば真っ先に救われなければならない少数者や迫害されている人々は当然ながら経済的には困窮しており、政治力も弱い。未来永劫FIFAへの加盟は困難である。そこで非営利団体としてCONIFAを立ち上げるに至った。(p.204)

 2016年、このCONIFA主催のワールドフットボール・カップに、「在日統一コリアン(United Koreans in Japan)蹴球協会」という団体名で在日コリアンのサッカーチームが出場しました。北も南もない、我々は統一された同じ在日コリアンのチーム、という意味を込めているのですね。
 こうしてみると、著者が、本書のタイトル『橋を架ける者たち』に込めた思いが伝わってきます。CONIFA主催のワールドフットボール・カップに統一チームとして出場することで、北(北朝鮮)と南(韓国)に橋を架ける。さらにはサッカーを通して、在日コリアンと日本人の間に橋を架ける。そして在日コリアンが活躍できる場をより広げ増やすことによって、子どもや若者が将来的に生きやすい社会に変えていく。つまり現在と未来の間に橋を架ける。

 日本社会のあり方を考えさせられるとともに、たくさんの勇気をもらえる本です。お薦め。

 最後に、私の心に残った一文を紹介します。

 抗議活動を続けていた野間は試行錯誤の末、このヘイトクライムを抑えるためのアクションに当事者である在日韓国・朝鮮人を関わらせてはいけないという考えにたどりついていた。「マイノリティである在日は対立した場合、圧倒的に不利なんですよ。彼らに抗議をさせてはいけない。このヘイトの問題は日本人の中で解決しないといけないと思ったわけです」(野間)。しばき隊の活動は在日のためではない。マジョリティがマイノリティを守ってやる、そんな傲慢なことはできない、それこそ対等の関係ではない、守るべきはマジョリティもマイノリティも含めた公正な社会そのものである、という理念であった。対立軸を日本人対在日にしない。社会を壊す者対守る者の構図にするのだ。(p.190)

by sabasaba13 | 2023-06-25 07:48 | | Comments(0)
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