茨木のり子の家を残したい会

 山ノ神の知人が入っている「茨木のり子の家を残したい会」が、「柳沢(やぎさわ)みんなの文化祭」に出場して合唱と詩の朗読を披露するとのことでお誘いを受けました。せっかくなので先日、二人で柳沢公民館に行ってまいりました。西東京市民のみなさんによる文化祭で、ステージ発表、ワークショップ、作品展示など多彩な内容です。市民による自主的な文化発表、いいものですね。「いいね」欲しさにはた迷惑な行為を誇示するSNSのパフォーマーとは志が違います。仲間とともに手作りの文化的営為を楽しむ、羨ましいかぎりです。
 視聴覚室に入ると、「茨木のり子の家を残したい会」のステージが始まるところでした。茨木のり子、大好きな詩人のひとりです。不敵、高貴、自立、うまく言葉にできませんが何度でも読み返したくなる詩です。なお同会について、パンフレットから紹介文を転記します。

 詩人茨木のり子さんが亡くなるまで48年間暮らし、創作の場でもあった東伏見の家を記念館のような形で残したいと2016年に市民5人で発足し、2019年から本格的に始動。昨年、合唱と朗読の部会が生まれ、茨木さんの詩を「声」で楽しんでいます。本邦初演のオリジナル女声2部合唱と詩の朗読を披露します!

 まずは合唱で、「三月の唄」と「六月」が歌われました。「六月」は大好きな詩です。この詩には思い出がありまして、若い頃によく見ていたTVドラマ、『俺は男だ!』に印象的な場面がありました。詳細は憶えていないのですが、何かトラブルがあってクラス全員が若い女性教師の国語の授業をボイコットしました。しかし主人公(森田健作)だけが一人教室に残り、先生の前で教科書の詩を朗読します。するとそれに唱和しながら、クラスメートが次々と教室に戻ってきます。その詩がなんと、茨木のり子の「六月」という詩だったのですね。

「六月」
どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける
どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる
どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる

 そして詩の朗読です。ヨーロッパ旅行をしていると、街角で催されている朗読会にときどき出くわしました。何が面白いのかなと怪訝な目で見ていたのですが、はじめて真剣に詩の朗読を聞いて、その魅力に触れることができました。作者の思いを全身全霊をこめて表現しようとする話者、それと真摯に向き合い耳を傾ける聴衆。これからは機会があったらぜひ参加してみようと思います。
 朗読された詩は、「準備する」「六月」「一人は賑やか」「言いたくない言葉」「あのひとの棲む国」です。言葉に真剣に向き合うと、心に響くものがあります。特に「あのひとの棲む国」の中の一節が心に響きました。今だからこそ、心に刻み込みたい言葉です。

それぞれの硬直した政府なんか置き去りにして
一人一人のつきあいが
小さなつむじ風となって

 なお最後に「憲法擁護・非核都市宣言」が朗読されましたが、これは1982年、当時の都丸哲也保谷市長が茨木のり子に依頼してつくったものなのですね。

みどり濃いまち ほっとする保谷に 私たちのくらし
水や鳥や虫たちとともに 日々のいとなみ 静かなあけくれ
平和をねがう すべての国のひとびとともに
守りぬこう  このなんでもないしあわせ
新たに誓う  いっしょに育てるこの地方自治
そっくり こどもたちに手わたすことを
この市民の声を
憲法擁護・非核都市保谷の 宣言とする

 何気ない普段着の言葉で深い思いを伝える、彼女の真骨頂ですね。

 パネル展示では、彼女の家の外観や内部の写真が紹介されていました。所在地を調べて、今度訪れてみることにしましょう。
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by sabasaba13 | 2023-12-26 07:24 | 鶏肋 | Comments(0)
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