そして終着駅の間藤駅に到着。解説板を転記します。
旅客終着の着の間藤駅
足尾線は私鉄により開設され、この駅は大正3年(1914)11月1日に営業を開始した。時あたかも足尾銅山全盛期であり、鉄道は物資の輸送増強に必要であった。同7年に国鉄に移った。
しかし、昭和62年(1987)に全町民の猛烈な反対も空しく、赤字により廃止されJR'に移った。平成元年(1989)から第3セクター「わたらせ渓谷鉄道」として出発した。その間、昭和45年に無地化され(最高時18人)され淋しい駅となったが、平成6年に陶芸教室と合築し「カモシカの見られる駅」として新装され注目されている。
なるほど、駅舎の壁面に「カモシカの見られる駅」と記してありますが、どこで見られるのでしょう? まさかカモシカ駅長がいるわけはないですよね。

なおこの間藤駅は紀行作家の宮脇俊三が1977(昭和52)年に国鉄全線を完乗した場所で、著書「時刻表2万キロ」の終着駅として、今も訪れるファンが絶えないそうです。
また駅の近くに「山口青邨の句」という解説板があったので、後学のために転記します。
昭和を代表する俳人。「夏草」を創刊し多くの句集を上梓した。青邨(本名・吉朗、1892~1988)は、明治25年に盛岡市に生まれた。大正2年に東京大学採鉱学科を卒業して、古河鉱業足尾鉱業所に入り、2年間勤務したことがある。その後、たびたび足尾を訪ずれ句を詠じ、次の作品などを残している。
合歓咲きて駅長室によき陰を (昭和11年)
風花やをろがみ申す山の神 (昭和18年)
青邨の作風は、清純高潔でその詩情は穏健で調和的である。
(とちぎ文学散歩から)
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