ジャンミッシェル・キム 2

ジャンミッシェル・キム 2_c0051620_18330159.jpg 以前、ジャンミッシェル・キム氏という素晴らしいピアニストに出会えたという記事は書きましたが、その後、意外なことが判明しました。高崎旅行軽井沢旅行でご一緒した山ノ神のテニス仲間・Tさんのご子息が整体師をされており、そのお得意さんがジャンミッシェル氏のお父上で同一家はご近所さん。家族ぐるみのつきあいをされているそうです。事実は小説よりも奇なり。山ノ神がテニスの際に同氏のピアノの素晴らしさについて話したところ、「あらジャミ君のことね」と言われたそうです。ジャミ君… そして二月にコンサートを開くと教えられ、Tさんを通してチケットを入手できました。やった。

 というわけで、如月末日、利休鼠の雨が降る肌寒い日曜日、山ノ神と共にトッパンホールに参上しました。ホールはほぼ満席、ファンもだいぶ増えたようです。そして長身痩躯のジャンミッシェル・キム氏が登場、絵になりますね。
 一曲目はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番《月光》です。第一楽章の叙情、第二楽章の軽快、そして第三楽章の激情。聴き慣れた名曲ですが、感情豊かな表現によりまったく飽きることはありません。ほんとうに彼の奏でる和音の美しさには絶句します。やはり音のバランスが絶妙なのでしょうね。終楽章の怒涛のような疾走感には圧倒されました。なおパンフレットに、フランスの音楽学者ミッシェル・フォール氏が書いた興味深い一文があったので紹介します。

 私の勝手な解釈ではあるが、ベートーベン以前の3楽章からなるソナタ形式では、当時の社会の3つの階級(貴族、聖職者、第三身分)の立ち位置を反映しているように思われる。それ故に、革命後の貴族階級の黄昏はアダージオで表現され、第三身分が主権を持つ世相を反映して、終楽章はこのソナタの中でも最も完成度が高く輝かしいものとなっているかのようである。

 二曲目はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番。この曲をつくった時、ベートーヴェンは41歳。肺病を患いバーデンで治療を受けていましたが疝痛のために中断、彼の耳は完全に聞えなくなっていたそうです。その苦難のなかでこれほどの曲を書き上げる、彼の強さに心から敬服します。終楽章のフーガがお見事、複雑な構造をくっきりと築き上げた知的な演奏でした。

 ここで20分の休憩。後半はリストのピアノ・ソナタ ロ短調 S.178、演奏に30分かかる大曲です。私は聴いたことがないので楽しみ。すると舞台に登場したジャンミッシェル氏はマイクを持って前説を始めました。以下、私の文責でまとめてみます。

 あまりにも長大な曲なので、周囲からは選曲を変えた方がよいと言われ、私も迷った。しかしピアノ曲の最高傑作、どうしても弾きたいのであえて選んだ。お詫びとして、またあまり馴染みのない曲なので、簡単に解説をしたい。この曲はゲーテの『ファウスト』をなぞったものと言われるし、私もそう考える。一つの解釈として、同小説の登場人物を表現する動機がちりばめられている。(ピアノで弾きながら)ファウストは思い悩むような動機、メフィストフェレスは皮肉っぽい動機、神は荘厳な動機、グレートヒエンは愛らしい動機。こうした動機がちりばめられ、形を変え絡み合って曲を構成している。この動機に注目すると、曲の構造がわかりやすくなる。

 そして演奏が始まりました。さきほど紹介してくれた動機が千変万化しながら、時にはぶつかり合い、時には溶け合う超絶技巧を要する大変な難曲です。しかしジャンミッシェル氏は天馬の如く軽々と生き生きとこの難曲を弾きこなしていきます。和音の美しさや感情の込め方もさることながら、圧倒されたのは音の質です。ピアノから解き放たれたよく響く音が、ホールに満ち私の体と心を包み込む。これほどよく鳴らされたピアノを聴くのははじめての経験。あっという間に過ぎ去った至福の三十分でした。
 なおプログラムの解説で、フォール氏がこう指摘されていました。

 …30分にわたる長大な曲は切れ目のない単一楽章ソナタとして展開される稀有な作品である。当時、ヨーロッパには統一のあらしが吹いていた。イタリア統一が然り、ドイツ統一が然り、恰もこのような統一の機運が影響を及ぼしたかの如くである。

 演奏が終わると万雷の拍手が沸き起こりました。ブラーボ! アンコールをぜひ聴きたいのですが、これほどの長大な難曲を弾いた後だから無理だろうなあ…と思いきや、カーテン・コールで舞台に現れた氏はいきなりアンコールを演奏。リストの「リゴレット・パラフレーズ」でした。何という鉄腕… 明朗な小品に酔いしれた後、再び万雷の拍手。すると二曲目のアンコールを弾いてくれました。何という剛腕… そして冒頭の数音を聴いて息を呑みました。私の大好きなプーランクの『15の即興曲第15番「エディット・ピアフを讃えて」』だ。まさか彼の生演奏で聴けるとは思いも寄りませんでした。これほど切なく憂愁に満ちた甘美な音楽がこの世にあるでしょうか。心を込めた端正な演奏に、身も心もとろけてしまいました。ありがとう、ジャミさん、最高の贈り物でした。

 ホールの外に出ると、火照った体を冷やすような利休鼠の雨が降り続いています。山ノ神と演奏についての話をしながら江戸川橋駅まで歩いていきました。音楽ってほんとにいいものですね。

by sabasaba13 | 2024-04-17 07:34 | 音楽 | Comments(0)
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