オットーと呼ばれる日本人

オットーと呼ばれる日本人_c0051620_22061244.jpg 山ノ神の感化によって演劇を観るようになり、世界が拡がりました。さまざまな人間のタイプ、さまざまな選択と決断、さまざまな喜怒哀楽を、生身の役者が演じて人間の複雑さや奥深さ、素晴らしさと愚かさを表現してくれる、素晴らしい芸術です。これからも足しげく劇場に通うつもりです。
 さて、新作もよろしいのですが、古典的な名作にもできるだけ触れたいと思っています。シェイクスピアの「マクベス」やチェーホフの「かもめ」は観たのですが、木下順二の作品を観劇する機会はありませんでした。『夕鶴』、『神と人とのあいだ』、『子午線の祀り』、観てみたいなあ。と常日頃思っていたのですが、先日、劇団民藝が『オットーと呼ばれる日本人』を上演するという情報を得ました。たしかゾルゲ事件を題材とした劇ですね、これは是非観たい。山ノ神を誘って、「紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA」に行ってきました。

 「劇団民藝」の公式サイトから紹介文とあらすじを引用します。

祖国を愛したその"男"はなぜスパイ活動に身を投じたのか
緊迫する世界情勢のなかで自らの思想に生きた一人の日本人を描く木下順二の代表作。

 20世紀最大のスパイ事件として国際社会を震撼させた「ゾルゲ事件」。戦前の日本において至難ともいえる戦争阻止の行為を貫こうとした男たちがいました。ゾルゲとともに活動した尾崎秀実の思想と行動を素材として劇化した木下順二さんの代表作です。宇野重吉との結びつきのなかで生まれた本作は民藝で1962年に初演。このたびは木下戯曲5作目となる丹野郁弓の新演出で取り組みます。
 オットーの選択は私たちのいまに何を問いかけるでしょうか。

あらすじ
 1930年代初頭、資本主義諸国の植民地争奪戦争に参加した日本に対して、排日感情が高まりつつある上海。諜報活動を行うジョンスンと呼ばれるドイツ人、宋夫人と呼ばれるアメリカ女性、ドイツ人無線技師フリッツらが日本に対するジョンスン機関の中国における役割を検討しています。その中で、日本軍の動向を正確に調査する適任者として、新聞社特派員であるオットーと呼ばれる日本人を機関に入れることがジョンスンにより提案されます。日本では北進政策をとる陸軍と南進政策をとる海軍とが対立しており、日本帝国主義はどちらを目指すのか、それを見極めることが機関の大きな任務だったのです。
 上海を離れることの出来ないオットーは協力者の林とともにジョンスンと会い、林は満洲へ行くことを命ぜられます。
 満洲から戻った林は日本は満洲を支配下に置き、かいらい政権樹立を目論んでいるとジョンスンに報告し、その場でオットーは日本へ帰国する意思を告げる。「あの社会主義の国」を「理想の中にある祖国」としてもちながらも、祖国をもたないジョンスンと、あまりにも日本人であり過ぎるオットー。ふたりは行動を別にするのでした。
 東京で数年間、妻や娘と一見平穏な日々を送っていたオットーですが、自宅で友人の瀬川と家族揃って話しているところへ、林が現れます。日本に活動の拠点を移したジョンスン機関にはフリッツの他、日本人画家ジョーらが加わりますが、ジョンスンはふたたびオットーに連絡を取ることにします。
 日本の差し迫った現状を語り、日本を捲きこませないためにも世界戦争をくいとめなきゃいけないと強く語るオットーは、ついにジョンスンの要求に応じる決断をするのでした……。
 そして日米開戦が一触即発という1941年、今や中国問題の評論家として総理の信望と内閣への発言権を強めていたオットーが、ついに検挙逮捕されます。検事に対して彼が語る「正真正銘の日本人」とは。

 上演時間は約3時間40分で途中休憩が2回あります。かなりの長丁場、途中で眠くならないかと心配したのですが杞憂でした。劇が進行するにしたがい、どんどん引き込まれていきました。
 第一幕が1930年代初頭の上海、第二幕が1930年代半ばの東京、そして第三幕が1940年代初頭の東京が舞台となります。満州事変(1931)、日中戦争(1937)、太平洋戦争(1941)と、日本が泥沼のような戦争へと陥っていく激動の時代。その嵐のなかで祖国・日本をいかにして破滅から救うか、「オットーと呼ばれる日本人」尾崎秀実(ほつみ)の逡巡と決断と闘いを描いた劇です。混沌とした世界情勢のなかでどうやって日本を、日本人を救うかについて真摯に向き合い考え抜くオットーを熱演した神敏将に拍手を贈りましょう。それに対して「ジョンスンと呼ばれるドイツ人」リヒャルト・ゾルゲは、ソ連が勝つことによって世界は救われると考え、日本やドイツの敗北など眼中にありません。日米交渉に一縷の望みを賭けるオットー、すぐに日本を去り独ソ戦の諜報に専念しようとするジョンスン(千葉茂則)。論理・皮肉・諧謔をまじえて相手を論破しようとする二人の舌戦・論戦には息を呑みました。

 歴史劇にして思想劇、しかも娯楽性も兼ね備えた傑作でした。他の木下作品もぜひ観たいものです。

 余談その一。尾崎秀実とリヒャルト・ゾルゲのお墓が多磨霊園にあるそうです。こんど掃苔に行くつもりです。

 余談その二。今年は〈築地小劇場開場100周年〉で、そのために文化庁の助成を受けているとのことです。ところが戦災で焼失した築地小劇場の記念プレートを掲げている建物が再開発により解体され、プレートの去就も未定であるという記事が『東京新聞』に載っていました。ぜひ何らかの形で残すよう関係者各位の善処に期待します。もし廃棄されたら、演劇に携わることが親不孝になる文化不毛の国から抜け出せませんよ。
 とりあえず最悪の事態に備えて、近々拝見に行きましょう。

by sabasaba13 | 2024-09-16 07:41 | 演劇・落語 | Comments(0)
<< アイスランド編(41):レイ... 鈴木宣弘氏講演会 >>