『香港、裏切られた約束』

『香港、裏切られた約束』_c0051620_12143974.jpg 香港は今、どうなっているのでしょう。そしてこれからどうなってしまうのでしょう。

 2014年の雨傘運動を記録したドキュメンタリー映画『乱世備忘』を観て以来、香港の民主化運動には興味を引かれています。その後、2019年にはそれを上回る激しい闘いが起きたことを知り、その経過を注視していたのですが、政府・警察によって弾圧されたことが報じられました。香港は今、どうなっているのでしょう。そしてこれからどうなってしまうのでしょう。
 その2019年の闘いを記録した映画『香港、裏切られた約束』が公開されていることを知りました。これは是が非でも観てみたい。山ノ神とともに「アップリンク吉祥寺」に観にいくことにしました。せっかくなので吉祥寺で昼食を食べようと、インターネットで調べていたら「アトレ吉祥寺」で天ぷらの「金子半之助」が開店したことがわかりました。山ノ神と合議の結果、こちらに決定。ところが好事魔多し、行ってみると弁当のみの販売でした。無念、山ノ神の助言で東急百貨店に行ってみると、「まつや」という蕎麦屋がありました。もしや、池波正太郎が足繁くかよったという老舗、神田「まつや」の支店? ビンゴ! 何という僥倖か、己のセレンディピティを言祝ぎたくなりました。美味しいお蕎麦をいただき、パルコ内にあるアップリンク吉祥寺へ。この香港情勢に関心のある方が多いのでしょう、ほぼ満席でした。
 公式サイトから転記します。

イントロダクション
 香港人の思いを伝えたいという一念で2019年6月を初めに香港民主化運動を記録しなければと、当時パティシエとして貯めたお金で一眼レフビデオカメラを買ったばかりのトウィンクル・ンアン(顔志昇)。撮影後、逮捕を逃れるためロンドンに亡命し映画を完成させ5年目の節目に問うドキュメンタリー!
 『香港、裏切られた約束』は、政治と社会の激動期に愛する家族、友人、そして故郷香港を守るため、人生と情熱を捧げた香港市民の姿を命懸けで記録し続けたドキュメンタリー映画。愛する故郷と母から離れることを引き換えに、この事実を映像を通して世界へ広める事を選択した監督の決意の作品。
 1997年7月1日香港は、イギリスから中国に返還された。中国政府は返還時に少なくとも50年間(2047年まで)「一国二制度」の下で香港市民の自由は保護されると約束した。2019年6月中国本土への犯罪人引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正をきっかけに民主化を要求する200万人に及ぶ香港市民の抗議活動が始まった。
 このドキュメンタリーは、フィルムメーカーを目指すトウィンクル・ンアンが2019年6月4日の天安門事件30周年記念の集会に新しいビデオカメラを試しに行ったことから始まった。

ストーリー
 映画は、愛するもののために立ち上がった6人のごく普通の一般市民の物語を通じて、希望と絶望、愛と心碎を体験し、故郷を守るリアルな姿を描く。映像は、観客を抗議の最前線へと連れて行き、香港の一般市民の生の声を届けると共に、今尚続く人権侵害や世界中で高まる独裁主義の脅威に気づかせ、隣国である日本の未来にも問いかける。映画の最後には、2024年6月に東京の衆議院議員会館で行われた記者会見の模様も収められており、香港当局から指名手配された民主活動家たちの姿が記録されている。

 鑑賞後に購入したプログラムに掲載されていた香港政治研究者のC.C.Suen氏の「返還後の香港で、何か起きていたのか」が、香港の現代史について簡にして要を得た解説ですのでぜひ紹介します。

 1984年、英国は植民地香港を1997年に中国に返還することに合意した。同時に中国政府は、返還から50年間は香港の資本主義経済体制を維持し、香港人に高度の自治を与える「一国二制度」を、香港で実施するとした。
 この自治の約束は、一種パンドラの箱を開ける結果となった。イギリスも返還の可能性が視野に入ると、それまで全く実施してこなかった香港の民主化に着手した。中国はこれを陰謀と見なしたが、当時の経済や国際情勢、そして自治を約束していた立場柄、不承不承緩慢な民主化を受け入れた。中国政府は、返還後政府トップの行政長官と、議会である立法会の全議席を最終的には普通選挙で選出することを約束した。
 自治と民主化のストーリーは、香港人を政治的に覚醒させて行く。大きな転換は1989年の天安門事件であった。香港市民は数十万規模のデモを繰り返して民主化運動を支援したが、運動が北京での大虐殺に終わると、香港人は民主化で共産党政権に対抗する必要性を感じた。この運動を経て民主派が形成され、市民の支持を集めた。一方北京はそうした香港人の態度を、民主化によって共産党政権を転覆することを企んでいると疑うようになった。北京にとっての香港は「国家の安全」の難題となったのである。
 そうした疑念や不安の中で行われた返還であったが、台湾統一のモデルケースとして返還の成功を世界にアピールしたい中国は、しばらくの間香港への政治的干渉を慎んだ。「一国二制度」は成功しているとの評価が広がると、多くのメディアや学者は興味を失い、日本社会の視野から香港政治はほぼ消え去った。しかしその間にも、香港は民主化問題を抱え続けていた。返還直後にタイから広がったアジア通貨危機以後の不況に、2003年には謎の新型肺炎SARSの流行が重なった。香港市民の政治・経済への不満は極点に達し、同年7月1日には50万人規模の反政府デモが発生した。
 日本社会と同様に、中国政府も返還当初は「一国二制度」は成功したと自賛し、香港政治の実態からは目を離していた。しかし、このデモに驚いて北京は考えを改め、不干渉政策を転換し、香港経済を不況から救う経済融合政策を次々と繰り出した。圧倒的な規模を持つ中国経済の影響下で、香港の景気はみるみる回復した。
 しかし経済融合政策の結果、香港には大量の中国観光客が流入し、混雑や商店の品薄など、多くの生活問題を引き起こした。それでも中国景気に沸く政財界は、市民の苦痛を重視しなかった。天安門事件を知らない若者はついに立ち上がり、上の世代よりも激烈な行動に出た。2014年の雨傘運動では、香港主要部の道路を占拠して79日間普通選挙を求める運動を続けた。運動は挫折したが、2019年には香港人の犯罪容疑者を中国大陸に引き渡せるようにする逃亡犯条例の改正に反対する運動が巨大化し、民主化やひいては香港の独立をも求めるような、激しい衝突を伴う抗議運動が半年以上続いた。
 ここに至り、中国政府の政権転覆への恐怖と、反政府運動への怒りは限界を超えた。2020年、中国政府は突如香港国家安全維持法を制定し、香港の政治的な自治と自由をほぼ壊滅させた。そして普通選挙に向かって少しずつ進んできた選挙制度を完全に改変し、民主派を政界から駆逐して民主化を終わらせた。(p.26~7)

 民主主義に覚醒しそれを実現しようとする香港の市民たちと、それを抑圧・弾圧する香港政府とその背後にいる中国共産党の対立・闘争ですね。
 本作は、2019年に起きた、逃亡犯条例の改正撤回とキャリー・ラム(林鄭月娥)行政長官の辞任を求める学生や市民の平和的なデモ・集会と、それを激しく鎮圧する香港警察の闘いを記録したドキュメンタリー映画です。何といっても、その闘いの臨場感に圧倒されました。このデモの一員として参加したトウィンクル・ンアン監督は、その実相を至近からカメラにおさめていきます。学生や市民たちの動き、生の声、叫び、怒りがびしびしと伝わってきました。それに加えてさまざまなプラカードやビラをも記録することによって、彼ら/彼女らが何を求めて闘ったのかも。それは自由、民主主義、人間としての尊厳。そしてその思いと闘いを支えたものは、「香港人」としてのアイデンティティであることも知りました。民族や出身地に関係なく、香港というコミュニティに暮らす一員として獲得したアイデンティティ。より良い香港を作るために「香港人」として連帯して闘う様子がいろいろな場面であらわれていました。元スコットランド自治政府首相のニコラ・スタージョンが言った「どこの出身だろうと、どんな宗教を信じていようと、勇気を出して力を合わせればより良い国を作ることができる。それが私の信じるナショナリズムです」という言葉、いわゆる市民的ナショナリズくを思い浮かべました。
 そして激しい闘いのなかでも、そうした「香港人」としてのアイデンティティが躍動して互いを支え合う場面も印象的でした。怪我をしたデモ参加者を治療する、抱きかかえて避難する、放水や催涙弾から互いを守り合う。あるいは逮捕されそうな仲間を救出するために現場に駆けつける。デモに参加していない市民たちも、参加者を激励し勇気づけ衣服や水・食料を提供します。
 それに対して、デモを壊滅させ、参加者を逮捕しようとする香港警察の暴力も、リアルに記録しています。殴打、放水、催涙弾、ゴム弾、その圧倒的な暴力行使には息を呑みみました。「やめて! 同じ香港人でしょ」と警官隊・機動隊に向けて絶叫する女性の姿が心に残りますが、その叫びもかき消されれいきます。

 そしてこの闘いは多くの逮捕者、行方不明者、亡命者とともに敗れます。映画はここで終わりますが、香港人たちが自由、民主主義、人間としての尊厳を求めて勇敢に闘った姿は忘れません。香港政府とその背後にいる中国共産党による弾圧によって、現在の香港における民主化が逼塞していることは、断片的な報道からわかっています。ただ、映画『乱世備忘』に出てきた、金鐘(アドミラルティ)のバリケードに記されていた「It's just the beginning/まだこれからだ」というメッセージは生きていると信じます。そして香港人の闘いは、この映画によって半永久的に記録・記憶として残ることでしょう。

 香港の民主化のために私にできることはほとんどありません。せめて香港人たちの動きと思いを注視することにします。そして彼ら/彼女らが追い求めた自由、民主主義、人間としての尊厳を、この日本において真に実現できるよう努力したいと思います。香港と違い、私たちには、それらを抑圧する政権を選挙によって変えることができる力と権利があるのですから。

 追記です。雨傘運動が始まってからほぼ10年になるのですね。『東京新聞』(24.9.23)の社説に取り上げられていました。
<社説> 香港「雨傘運動」10年 諦めるわけにはいかない

 1997年に英国から中国へ返還された際に「香港明天更好(香港の明日はさらに良くなる)」と沸き立った香港住民の期待は今や完全に裏切られた。民主化を求める動きは徹底的に弾圧され、中国の国際公約だった、50年間の「一国二制度」不変による香港の「高度な自治」は返還後25年を待たずに踏みにじられた。
 その転機となってしまったのが若者たちが民主化を求めた「雨傘運動」だったことは皮肉というほかない。あれから、ちょうど10年になる。
 当時、現地で取材したが、おびただしい数の雨傘が香港中心部を埋め尽くした光景は忘れがたい。2014年9月に始まった若者らの運動は、香港トップの行政長官を、有力者による間接選挙ではなく、香港住民の1票で選ぶことを求めていた。若者らは路上に座り込み、傘を掲げて非暴力の抗議を続けた。市民の支持も得て、街には熱気が渦巻いていた。だが、結局、79日間で、座り込みは警察に強制排除されてしまう。
 長期の座り込みで市民の暮らしや経済が犠牲になった面があったのは確かだ。「理念だけで飯が食えるのか」という批判が商店主などから若者に向けられた。若者たちの「街頭革命」は、広い共感も得たが、市民にはそれぞれが守るべき生活もあったのである。
 ただ、雨傘運動は何も成果を得られずに失敗した、と総括するのは短絡というものだろう。人口約700万人の香港で、最大時には10万人を超える市民が抗議デモを続けた戦いは、間違いなく、香港社会を政治的に目覚めさせた。もっとも、まったく同じ理由で、中国共産党の強権統治に火をつけてしまったことも否定できない。
 あの運動のうねりが、香港で独立の機運が高まりかねないという危機感、さらに言えば恐怖心をかきたて、政権中枢をして「一国二制度」の国際公約までかなぐり捨てさせたのではなかったか。
 その後の弾圧は容赦なかった。2020年には香港国家安全維持法(国安法)を施行し、それを根拠に民主化を求める勢力を次々、標的にした。今年3月には香港立法会(議会)が、国家反逆行為などを取り締まる国家安全条例(国安条例)も成立させ、「民主的な香港」に、ほぼとどめを刺した。
 実際、民主化運動の先頭に立ち「民主の女神」と呼ばれた周庭(しゅうてい)氏や黄之鋒(こうしほう)氏ら若き民主活動家も、香港警察本部への抗議デモを扇動し、国安法にも違反したとして次々と逮捕された。周氏は23年末、服役後に留学したカナダから「(香港には)恐らく一生戻らない」と事実上の亡命宣言をした。
 果敢に中国共産党や政府批判をしてきた香港紙、蘋果日報(リンゴ日報)は廃刊に追い込まれ「愛国者しか出馬できない」とする政府の選挙干渉などで立法会も今やほとんど親中派一色である。
 雨傘運動は、香港政府トップを住民の1票で選ぼうとした試みであったのに、以後の行政長官は、むしろ「高度な自治」に背を向けて、より中央政府の意向を優先する傾向を強めていった感がある。
 雨傘運動勃発時の長官、梁振英(りょうしんえい)氏は親中派財界人として知られ、長官退任後は中国の国政助言機関「全国政治協商会議」の副主席に納まった。梁氏の後任の林鄭月娥(りんていげつが)氏は、国安法の導入や民主派の出馬を阻止する選挙制度変更に力を入れ、統制を強化した。
 そして、現在の李家超(りかちょう)長官は香港の警察官僚当時、リンゴ日報を廃刊に追い込んだ手腕や中国共産党への忠誠心を中国指導部から評価され、警察出身者として初の香港行政長官に上りつめた人物だ。
 こうした国安法導入後の香港統治について、中国の習近平国家主席は、ある会議で「乱から治への重大な転換をなしとげた」と誇らしげに語ったという。22年の香港返還25周年式典では、あろうことか「一国二制度の成功」だと胸を張ったそうだ。自由な空気に満ちあふれ、「東洋の真珠」ともうたわれた国際都市を愛した世界の人々が、今の香港をどんな思いで見つめているのか、気づいていないのだろうか。
 確かに表面上、香港の民主化運動は一掃された。だが、あの運動で萌芽した「民主」への希求は、今も人々の心の中で息をし続けていると信じる。亡命先の英国で香港民主化を訴え続け、ノーベル平和賞候補にも名が挙がる羅冠聡(らかんそう)氏のような活動家も健在だ。米国や台湾では、香港で禁止された天安門事件追悼集会を引き継ぐ動きもある。民主主義を求める人々の戦いを支援していくのは、その他の民主主義国の責務であろう。諦めるわけにはいかない。

by sabasaba13 | 2024-09-24 07:22 | 映画 | Comments(0)
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