『水俣曼荼羅』

 『近代日本一五〇年 -科学技術総力戦体制の破綻』(山本義隆 岩波新書1695)の中に、忘れ難いエピソードが記されています。

 1905(M38)年1月23日、農商務省鉱山局長・田中隆三は衆議院鉱業法案委員会で「鉱業と云ふものは、其国家の一つの公益事業と認めている、随って其事業の結果として、他の人が多少の迷惑を受けるということは仕方がない」と明言している。そして1907年、鉱毒沈殿と渡良瀬川の洪水調節のためという触れ込みで計画された遊水池の予定地となった谷中村は、村民の反対にもかかわらず滅亡させられた。官民挙げての「国益」追及のためには、少数者の犠牲はやむをえないというこの論理は、その後、今日にいたるまで、水俣で、三里塚で、沖縄で、そして日本各地で、幾度もくり返され、弱者の犠牲を生み出してきたのである。(p.87~8)

 "国益追及のためには、少数者の犠牲はやむをえない"という論理。近代、いや近現代日本の経済成長を支えると共に、多くの犠牲者や被害者を生み出してきた/いる論理です。いまの日本を蝕む「生きづらさ」「息苦しさ」を解消するためにも、この論理を乗り越えなければならないと考えます。ただ気をつけなければならないのは、国益=国民の利益と性急に即断・臆断しないことです。多くの場合、国益=権力者や資産家の利益であることは肝に銘じましょう。
 それはさておき、"国益"のために犠牲者を生み出してきた水俣をふくむさまざまな公害、三里塚、沖縄、さらには戦争、植民地化、福島についてこれからも知り調べ考え続けていきたいと思います。水俣については、以前に上梓したように、ジョニー・デップがプロデュースして自ら主人公のユージン・スミスを演ずる『MINAMATA』、そして原一男監督による長編ドキュメンタリー『水俣曼荼羅』という映画があります。前者は観ることができたのですが、後者については観る機会を逸してしまいました。ぜひ観てみたい、幸いなことに通信販売でDVDを入手することができました。しかし6時間12分という長尺、なかなか鑑賞する機会がなかったのですが、先日、意を決して観ることにしました。公式サイトから紹介文を転記します。

INTRODUCTION
 『ゆきゆきて、神軍』の原一男が20年もの歳月をかけ作り上げた、372分の叙事詩『水俣曼荼羅』がついに、公開される。
 原一男が最新作で描いて見せたのは、「あの水俣」だった。「水俣はもう、解決済みだ」そう世間では、思われているかも知れない。でもいまなお和解を拒否して、裁判闘争を継続している人たちがいる―穏やかな湾に臨み、海の幸に恵まれた豊かな漁村だった水俣市は、化学工業会社・チッソの城下町として栄えた。しかしその発展と引きかえに背負った〝死に至る病″はいまなお、この場所に暗い陰を落としている。不自由なからだのまま大人になった胎児性、あるいは小児性の患者さんたち。末梢神経ではなく脳に病因がある、そう証明しようとする大学病院の医師。病をめぐって様々な感情が交錯する。国と県を相手取っての患者への補償を求める裁判は、いまなお係争中だ。そして、終わりの見えない裁判闘争と並行して、何人もの患者さんが亡くなっていく。
 しかし同時に、患者さんとその家族が暮らす水俣は、喜び・笑いに溢れた世界でもある。豊かな海の恵みをもたらす水俣湾を中心に、幾重もの人生・物語がスクリーンの上を流れていく。そんな水俣の日々の営みを原は20年間、じっと記録してきた。
 「水俣を忘れてはいけない」という想いで―壮大かつ長大なロマン『水俣曼荼羅』、原一男のあらたな代表作が生まれた。

STORY
 2004年10月15日、最高裁判所、関西訴訟。
 「国・熊本県の責任を認める」判決が下った。この勝利をきっかけに、原告団と支援者たちの裁判闘争はふたたび、熱を帯びる。「末端神経ではない。有機水銀が大脳皮質神経細胞に損傷を与えることが、原因だ」これまでの常識を覆す、あらたな水俣病像論が提出される。わずかな補償金で早急な解決を狙う、県と国。本当の救済を目指すのか、目先の金で引き下がるのか。原告団に動揺が走る。そして…熊本県、国を相手取った戦いは、あらたな局面を迎えることになる。

ABOUT
 今回原一男は被写体に選んだ、水俣という「場所」と、そこに流れる「時間」。それは日本ドキュメンタリー界の巨人・土本典昭が生涯をかけて記録してきた場所だった。スタッフと共に移住し、地元民と同じ魚を食べ酒を酌み交わす。そうやって水俣の人々と暮らしながら、土本は映画を連作し、世界的なドキュメンタリー作家となったのだ。
 しかし、土本が『水俣 患者さんとその世界』(1971)で記録した反公害運動の熱狂はもう、そこにはない。水俣の人たちは一見、平穏な日々を営んでいるように見える。しかし水俣病によって、いまも苦しんでいるのだ。
 そこにまなざしを向けることで原一男は本作で、土本典昭の遺志を継いで見せた。
 『ゆきゆきて、神軍』の原一男は『水俣曼荼羅』で、鬼才から巨匠になった―

 『四大公害病 水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市公害』(政野淳子 中公新書2237)に次の記述があります。

 つきつめて言えば、公害の歴史とは、すなわち公害問題を解決に導こうとする人々がつくった歴史である。地域のリーダー、義憤に駆られる弁護士、住民を思う自治体職員、患者を思う医師や学者、そのどれかが欠けても、被害者の泣き寝入りによってあきらめ、埋もれてしまったかもしれない歴史であった。
 他方で、規制権限を持つ国が、加害と被害の関係を明らかにせず、時に結論の先延ばしにより企業活動と経済成長を守った歴史でもある。(p.252~3)

 本作品は、公害問題を解決に導こうとする人々がつくった歴史、および加害と被害の関係をごまかそうとした国と熊本県の歴史を描いたものです。医学という視点、裁判および政府と熊本県の対応という視点、そして個々の患者や関係者の視点がからみあうという重層的な構成になっているので、たいへん見応えがありました。
 まずは医学という視点です。その中心となったのが熊本大学医学部教授の浴野成生(えきの・しげお)氏と二宮正氏です。二人は協力して、これまでの通説であったメチル水銀によって末梢神経が冒されるという「末梢神経説」に対し、新病像論「中枢神経説」を主張します。国や県は、末梢神経に異常がなければ水俣病患者として認定してこなかったのですね。それが覆される可能性が出てきたのです。この二人のキャラクターがいいですね。微笑みを絶やさずユーモアにあふれた浴野氏、一見強面ですが磊落な二宮氏。しかし二人とも患者のことを真剣に気遣い、村々をまわってレクチャーをしたり、さまざまな検査方法を工夫したりして症状を明らかにしようとします。
 なお浴野氏の次の言葉が、水俣病の本質を雄弁に語っています。

 水俣病の怖いところは、大脳皮質がやられるということで、人間が人間たるゆえんのところが最初にやられる。

 次に裁判および政府と熊本県の対応という視点。基本的に原告たちは水俣病患者として認定しろという提訴をしますが、政府・熊本県はこれを拒み、認定条件をできるだけ狭めようとします。なお判決の後に、環境省や熊本県と、弁護団・支援やとの間で交渉や質疑応答が行われますが、その様子の映像はなかなか見ることができない興味深いものでした。役人のみなさんは平身低頭、ひたすら陳謝しますが、絶対に患者や弁護団に対して言質を与えずひたすらのらりくらりと責任を逃れようとします。高裁で敗訴した熊本県に対して環境省は上告を促しますが、最高裁でも敗訴。その後の交渉の際に、環境省の官僚が不審なメモをもっていたので、支援者が取り上げると、そこには「上告については謝罪」しないという文言。呆れ果ててしまいました。
 さらに唖然としたのは、川上敏行氏が認定を求めた裁判で、最高裁判決の直前に、熊本県が彼を水俣病患者として認定したことです。弁護士の分析によれば、裁判で勝ち目がないと判断した熊本県は、結審の前に患者認定をする。そうすれば裁判はなくなり、判例も残らず、県の責任も問われないということです。この底無しの姑息さ。
 こうしてみると、官僚が患者や被害者に冷淡なのは、企業の利益をまもるためと、自分たちの過誤や責任を認めたくないなのでしょう。つまり保身と組織防衛です。映画のなかで、二宮正氏はこう話されていました。

 末梢神経説という前提で行政が動いてきた。それが間違えていたということになると、全面的に大問題になる。できるだけ行政側は、間違いではなかったということでやり過ごそうとしている。これからもずっーととぼけ続ける。国って一体何なのだと言いたくなる。過ちを過ちとして認めないのが、国の、行政としての姿勢だ。

 そして個々の患者や関係者の視点。患者、弁護士、支援者、そして医師、連帯し支え合い助け合って、企業・国・熊本県に立ち向かい、被害者を救済し社会正義を実現しようとする姿には胸を打たれました。実は、『水俣曼荼羅』というタイトルもこれに由来しているのですね。特典DISCのなかで原一男監督はこう語っていました。

 『水俣曼荼羅』というタイトルを私が最終的につけようと思ったのは、…患者さんだけでなくて支援の人がいて、患者さんの運動が成り立っていると。それは支援の人だけじゃなくて、弁護団の弁護士人もいるだろうし、医学者もいますよね。浴野先生や二宮先生というね。様々な人が水俣病の運動を支えているという、そういう一つの世界ができているんだなあという私の実感があって、『水俣曼荼羅』というタイトルにそれが表現されていくっていうふうになるんですけれども。

 もう一つ魅力的なのが、そうした人々の思いや人生を、カメラがとらえているところです。中でも15歳のときに発症した小児性水俣病患者の生駒秀夫氏と、その妻・生駒幸枝氏、および胎児性水俣病患者の坂本しのぶ氏の姿には感銘を受けました。梯子を下りるのにも苦労するような障碍をかかえながらも、いつもにこやかで、妻を愛おしみ、仕事をこなし、原監督たちのために水俣を案内する生駒氏。より重い障碍ながらも、思いのたけを詩として表現して、たくさんの男性に恋心を抱く坂本氏。この二人も人間として、この曼荼羅を形作っているのだなあと思いました。

 心に残るシーンは多々ありますが、私がもっとも印象的だったのは、溝口秋生氏の裁判で、最高裁で勝訴した後に開かれた報告集会です。二宮正氏が作成した「中枢神経説」に基づく詳細かつ長大な意見書が勝因の一つで、彼は感極まってビールを痛飲、泥酔してしまいます。そして彼はスピーチを求められ、呂律がまわらぬ口調でう言います。

 裁判で勝った負けたはどうでもいい。メチル水銀で感覚をやられる。感覚をやられるのはどういうことかといったら、美味い飯を食べても(※感覚が)不安定で、美味いかどうかがわからない。〇マ〇コして感じるか感じないかもよくわからない…

 そして嗚咽、この後は言葉を失ってしまいます。なおこの後で開かれた環境省との交渉の席には、この発言を理由に彼は排除されてしまいます。
 水俣病患者に対する深甚なる同情、チッソや国・県に対する激烈な憤怒、そうしたものが二宮氏の胸中にうずまいたのではないでしょうか。実は、最後の方の場面で石牟礼道子氏が登場し、原監督にこう言います。彼女の村には「悶え神」という言葉があり、その意味は…

 悶えて加勢する。自分はほれ、「何も加勢できんから、せめてね、せめて嘆き悲しみを共にしてやろうということですよね。それはあの、部落で何かあると、えらい人のことを心配して、人のことなのにさ、我がことのように悶える人がいるってわけですよね。そのことを悶え神っていう風に部落で言うそうです。

 きっと二宮氏も患者の苦しみを思い"我がことのように悶え"のではないでしょうか。余談ですが、名著『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)の著者にして、石牟礼氏を支え続けた歴史家・渡辺京二氏が出てきたのは嬉しかったなあ。

 というわけで、あっという間の6時間12分でした。人間を守るために闘った人々の小さな世界を真っ向から描いた大作、お薦めです。
 そしてこの映画に隠されたテーマはもう一つあると考えます。付録のブックレットに、原一男監督は下記の一文を寄せられていました。

 MINAMATAが抱える問題の中には、実はニッポン国が元々抱えている闇、膿、矛盾…そういったものが凝縮している。決して「チッソが有機水銀を海に垂れ流した」という、水俣だけに固有の問題ではない。チッソの犯罪の背後には、ニッポン国の戦後の高度成長と裏腹に、権力者たちと資本家たちの黒い欲望と、戦後の繁栄の富のおこぼれを無自覚に受け入れた庶民たちの無知との、総和が横たわっているのだ。

 そして特典DISCに収められている『水俣曼荼羅』現地上映会(2022年8月6日)出演者舞台挨拶のなかで、溝口訴訟弁護団の鎌田学氏はこう語られていました。

 熊本県が、国もですけれども、望んでいるのはおそらく申請者全員がすべて死に絶えることだと思うんですね。さっさと死んでくれと。何も言わずにくたばれと。ナチス法学で生物学的解決という言い方がありますけれども、とにかく、申請者も、裁判原告も、支援者も、いなくなってくれるのが理想だと、そう思っていると思うんですね。

 そう、少数者を犠牲にして利益を貪り、過ちを認めず、責任を免れようとする企業・国・自治体の邪悪さと、そのおこぼれにあずかる庶民の無知です。シェイクスピアの『マクベス』の中に登場する第二の魔女が、こういう台詞を言います。

 「アタシの親指たちがチクチクするよ。だから、邪悪な何かが近づいて来る」("By the pricking of my thumbs something wicked this way comes")。

 沖縄や福島や能登の方々の嘆き悲しみを我がことのように悶え、そして邪悪なるものに真剣に対峙していきたいと思います。私の親指はチクチクしっぱなしです。

 追記です。ブックレットの中で、原監督はこう言われていました。

 …天草の地の患者さんのことが妙にひっかかってきた。水俣の地で患者さんの運動が一気に燃え上がり、全国的に知られるようになったときに、天草の地に、その情報が全然伝わっていなかった、と聞いて私は驚いた。「そんなことがあり得るのか? 水俣と天草は目と鼻の先だ」と思っていたからだ。が、その二つの地の間には不知火海がある。その不知火海が両者をこんなにも隔てていたのか、と、驚いたのだ。
 上映活動をしながら、私は「なぜ?」と問うてみた。「天草でも多数の水俣病の患者さんが存在する、と知られたら、不知火海で漁ができなくなる」「天草の漁協のボスが、情報の拡散を恐れて箝口令を強いた」との答え。なるほどなあ、と私はため息をつくしかなかった。事実、水俣の地では、不知火海で漁をすることは罷りならぬ、というお達しで漁業関係者は酷い生活苦に陥ってしまい、漁業を捨て職を求めて他の都市へと去っていく者も出た。天草のこのような話を聞きながら、私の後悔の念は次第に強くなっていった。「ああ、あのとき、あの硬い表情の奥にこんな深い闇が存在することに、どうして想いを馳せることができなかったのか?」「あのとき、どうしてもう一歩踏み込んで、考えてみなかったのか」
 実は既に、天草は、このような切り口だったら、描けるかもしれない、という感触を得ている。他の個別の問題も、トライしてみたい切り口を見つけている。つまり『水俣曼荼羅パート2』は、もう始まっているのだ。

 うわお、『水俣曼荼羅パート2』を観られる日が近いかもしれません。これは楽しみですね。
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by sabasaba13 | 2025-02-11 07:55 | 映画 | Comments(0)
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