そしてバスに乗り込み、湖南三山の一つ、善水寺へ向かいます。ほんとうはバスの車内で名古屋コーチン弁当が配られる予定だったのですが、渋滞のためいまだ届いていないとのこと。オーバーツーリズムのためですかね。よって代金1080円は返却され、かわりに養老SAで「天むす」をくれました。これでは足りないので「しめ鯖すし」を購入。なお養老SAに関する由緒を記した解説板があったので後学のために転記しておきます。
養老の孝子物語
その昔、孝行息子が滝の水を汲んで老父のところに運んだところ、その水はおいしい酒に変わり、老父は大変喜んだ。こんな故事から養老の滝の名は生まれたとされています。この話に心を動かされた天皇が滝を訪れ、孝子の行いをたたえて、年号も養老(717~723)に改めたということです。養老サービス・エリアも、孝行息子にようにみなさまに心をこめて接したいと願っています。
奥の細道むすびの地
元禄2年(1689年)初夏、松尾芭蕉は、弟子の曽良を伴って奥州、北陸の旅に出ました。これが「奥の細道」であまりに有名な5ヵ月間にわたる芭蕉46歳の大旅行です。その終結の地となったのが、俳友谷木因の住むここ美濃国大垣でした。その旅を高速道路にたとえていえば、東北、北陸自動車道、名神高速道路を経由したことになります。また、芭蕉は生涯で東名高速、中央、関越自動車道(野ざらし紀行、更科紀行)のすべてを歩いています。まさに旅の大詩人ですね。
蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ 芭蕉
この句の意味は、離れがたい蛤(はまぐり)のふたと身がわかれるように、見送りの人達にわかれがたい思いを感じながら、二見が浦のある伊勢へおもむこうとしている。秋も終わろうとする晩秋のことゆえ、わかれのさびしさもいっそう我が身にしみて感じられる、と奥の細道の旅を終えた芭蕉の心境が述べられています。
バスに乗り込み、天むすとしめ
鯖すしをいただきました。

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