英一蝶展

 山ノ神がNHK「日曜美術館」のファンで日曜日には欠かさず視聴しており、私も時々ご相伴にあずかっております。先日、「この世を楽しく美しく 江戸のレジェンド絵師 英(はなぶさ)一蝶」が放映されているときに、一蝶の展覧会がサントリー美術館で開催されていることを小耳にはさみました。一蝶か、いいなあ。彼のあたたかくて、軽妙で、洒落た絵には心惹かれます。中でもどうしても見たい一枚があるのですが、それは後ほど。よろしい、行こう。山ノ神を誘ったのですが所用のため無理とのこと。仕方ない、一人で見にいくことにしました。

 好日、都営地下鉄12号線(※くどいですが、あのレイシストがつけた"大江戸線"という名称はわが家では断じて使いません)に乗って六本木駅で下車。東京ミッドタウンへ向かう途中にある安田侃(かん)氏の彫刻「意心帰」にはいつも見入ってしまいます。
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 いちおう確認のために公式サイトを確認したら、下記の一文がありました。

 数十億年という時を経て作られた大理石は、この地球の一部です。その白い石「意心帰」を地下に戻しました。石に彫られた穴に身を沈めると地球の一部になり、静かな太古の声なき声が石から聞こえてきます。地上より太陽の光が差し込む時、その石は初めて光を視るように白い石の粒子は美しく息づきます。「意心帰」と地上の「妙夢」が共鳴し、空間全体が優しいヒューマンな場になることを願っています。

 ん? 地上にも「妙夢」という彫刻があるのか。同じく引用します。

 プラザでたくさんの人を出迎える彫刻「妙夢」は、その真中に開いた何もない円環に一人一人の夢を描き、 刻々と移りゆく太陽の光と影を映し、人々の一日一日の思いと願いを包みます。「妙夢」と、地下の「意心帰」が共鳴し、空間全体が優しいヒューマンな場になることを願っています。

 もしや…やはりそうだ。国立新美術館で「マティス展」を見に行ったときにあった彫刻だ。この二つはペアだったのですね、調べることは大切です。
 そして三階にあるサントリー美術館に到着、開館直後でしたが気鬱になるような混雑ではなく一安心。
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 ロッカーに荷物を預けましたが、そういえば「青木木米展」の時に、写真撮影ができる作品(レプリカ)があったことを思い出しました。念のためにカメラを持って入場しましょう。
 「没後300年記念 英一蝶 ―風流才子、浮き世を写す―」、公式サイトから紹介文を転記します。

 英一蝶(はなぶさいっちょう・1652~1724)は元禄年間(1688~1704)前後に、江戸を中心に活躍した絵師です。はじめは狩野探幽の弟・安信のもとでアカデミックな教育を受けますが、菱川師宣や岩佐又兵衛らに触発され、市井の人々を活写した独自の風俗画を生み出しました。この新しい都市風俗画は広く愛され、一蝶の画風を慕う弟子たちにより、英(はなぶさ)派と呼ばれる一派が形成されます。他にも、浮世絵師・歌川国貞のように一蝶に私淑した絵師は多く、後世にも大きな影響を与え続けました。また、松尾芭蕉に学び俳諧をたしなむなど、幅広いジャンルで才能を発揮しています。
 加えて、その波乱万丈な生涯も人気に拍車をかけました。一蝶は元禄11年(1698)、数え47歳で三宅島へ流罪になるという異色の経歴を持ちます。宝永6年(1709)、将軍代替わりの恩赦によって江戸へ戻りますが、島で描かれた作品は〈島一蝶(しまいっちょう)〉と呼ばれ、とくに高く評価されています。そして江戸再帰後は、「多賀朝湖(たがちょうこ)」などと名乗っていた画名を「英一蝶」と改めました。
 2024年は一蝶の没後300年にあたります。この節目に際し、過去最大規模の回顧展を開催します。瑞々しい初期作、配流時代の貴重な〈島一蝶〉、江戸再帰後の晩年作など、国内外の優品を通して、風流才子・英一蝶の画業と魅力あふれる人物像に迫ります。

 予想通り、撮影できる屏風が二つありました。メトロポリタン美術館所蔵の「舞楽図・唐獅子図屏風のうち舞楽図」です。
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 解説を転記します。

 表面に舞楽、裏面に唐獅子を描いた両面屏風。小画面の多い一蝶作例のなかで、珍しい大作である。一蝶の師・狩野安信も手掛ける伝統的画題だが、人物の面貌は一蝶風にアレンジされている。各衣装の文様も非常に細かく、本作の制作に多大な時間と労力を費やした様子が伝わってくる。

 そして軽妙洒脱な一蝶ワールドを堪能。なかでも気に入ったのが「社人図」。縦長で一対の掛軸ですが、一つは手を取り合って高く大きな木を抱きかかえる三人。何をしているのだろう? 木の周囲を測っているのか? でもみんな楽しそうです。もう一つは四つ這いになった人の上に乗って長い棒の先につけた筆で鳥居の上の方へ何やら書き付けている男。何を書いているのだろう? 願掛け? いたずら書き? でも楽しそうです。見ているだけであっけらかんとした可笑しみがわいてきます。
 「一休和尚酔臥図」もいいですね。泥酔して、酒屋の前で幸せそうに眠る一休宗純。人間ってこんなに自由で楽しくて良いのですね。
 「布晒舞図」は見ているだけで、体も心もスィングするような絵です。ノリノリで曲を奏でる三人の囃子方、その音楽に乗って白布を使って踊る舞妓。リズミカルな踊りと宙に舞う白布の一瞬を切り取って画布に描いたその筆力、さすがは一蝶。踊ることの、そして音楽を紡ぐことの喜びもびしびしと伝わってきます。人間にとって芸術は必要不可欠なものだと痛感させられます。
 「狙公・盃廻図」は、猿回しと盃廻しの芸人を描いた一対の縦長の掛軸。そのユーモラスな姿に思わず緩頬しますが、面白いのは盃廻の絵に押した印が天地逆です。そしてその脇に「老眼逆印」と書き添えた一蝶。己のミスをしれっと笑いに変えるそのしたたかさには脱帽です。
 私がもっとも見たかったのが「雨宿り図屏風」です。実はこの屏風は二点あって、メトロポリタン美術館と東京国立博物館がそれぞれ所蔵しています。しかし前者は全期間見られますが、後者の展示は前期のみ。できれば二点を見比べたかったのですが残念です。
 突然の驟雨に会い、お寺の軒下に逃げ込んだ人びと。物売り、職人、旅芸人、僧侶、子供、武士、犬(!)。談笑し、欠伸をし、憮然とし、遊び、諦めている実にさまざまな人たちの姿・表情・仕草を、一蝶は的確に描きわけています。そして私が感じたのは、そこに漂う不思議な一体感です。この避難場所から誰も排除されることなく、身分も職業も性別も関係なくそこに共存する人びと。自然の脅威の前では人間なんてみんな同じものさ、という一蝶の優しい視線が嬉しいですね。小田実の「人間古今東西ちょぼちょぼ」という名文句を思い出しました。
 ひるがえって今、私たち人間は、気候危機という自然の脅威…いや復讐を前にしてなす術がないどころか、対立・武力紛争・差別・殺戮に明け暮れています。この絵は、「そんなことをしてる場合じゃないでしょ、みんな同じ人間なんだから助け合い協力すればいいのに」という、500年前から送られた英一蝶のメッセージだと受け取ります。

 ほんとうにこの絵を見ることができてよかった。人間よ、しっかりしいや。

「布晒舞図」(遠山記念館)
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「雨宿り図屏風」(東京国立博物館)
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 追記です。英一蝶の墓は、東京都港区高輪の承教寺にあります。よろしければ拙ブログの記事をご笑覧ください。

by sabasaba13 | 2025-02-18 08:00 | 美術 | Comments(0)
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