『GAMA 月桃の花』

『GAMA 月桃の花』_c0051620_10474481.jpg 「ねりま沖縄映画祭2024」という催しが行われていることを知りました。主催は「ねりま沖縄映画祭実行委員会・練馬文化の会」、協賛は「練馬沖縄県人会」です。ラインアップを見ると、以前から機会があれば観たいと思っていた『GAMA 月桃の花』が上映されます。会場は練馬区立生涯学習センターホールで家から自転車で行けます。よろしい、観に行きましょう。山ノ神は所用があるので、先日、一人で行ってきました。
チラシから解説とあらすじを転記します。

解説
 1995年の6月23日、慰霊の日。沖縄本島南部、摩文仁の平和祈念公園で"平和の礎"の建立除幕式が行なわれました。
 沖縄戦で亡くなった23万余の人々の名前が、国籍を問わず、黒い石板に刻銘されて、波のように海に向かって立ち並んでいます。
 物言わぬ「礎」が、総ての戦争を美化する言葉を拒絶して、吹き上げてくる岬の潮騒に、無念の想いを突き付けているようです。
 沖縄戦後50年記念事業として、大田昌秀知事が中心となり完成した"平和の礎"は平和を願う沖縄人の心として、広く世界の人々に感銘を与え、刻まれた戦死者一人びとりの名前から、各々のドラマが語られ、訪れる一人の涙を誘っております。
 この"平和の礎"の建設が進められた中、沖縄の文化人、演劇人、映画人、そして一部の政財界人など、戦争を体験した人々の間から、沖縄の心を映像化しようという話がもりあがりました。あの太平洋戦争を無にしないために、沖縄県民だからこそ伝えていかなくてはならない沖縄戦の実相…。
 一人の平凡な母親の目で捉えた、日本唯一の地上戦。その姿を通し世界への平和のメッセージとして発信する作品となるよう、願いをこめて製作されたのがこの映画です。

物語
 宮里房(72)は海辺の村で琉舞を教えながら幼稚園を経営している現役の園長である。同世代の沖縄のアンマーの例にもれず地獄の戦場を体験した一人である。十数名の家族や親兄弟を次々と砲爆撃に奪われ、最後に追い詰められた摩文仁岬の洞窟から母と娘だけが奇跡的に生還してきた。敵は米兵だけではなかった。兵隊と避難民が雑居した洞窟の中では、いまわしい惨劇が繰り広げられていた。だが、彼女はこれまでのあの洞窟の中で目撃した真相を誰にも語ったことがない。語るに語れないおそろしい秘密が房の胸の中には畳み込まれている…。

 映画は、宮里房(玉木初枝)の孫であるジョージ(川平慈英)が沖縄を訪れるシーンから始まります。房の一人娘である和子はアメリカ人の軍人と結婚して渡米、ジョージを出産しますが、それ以降房とは絶縁状態にあります。その理由をつきとめるために、来沖したジョージ。しかし祖母の口は重く、何も語りません。しかし真実を伝える決断をした房は、沖縄戦の際に和子とともに避難したガマ(鍾乳洞)をジョージと共に訪れ、そこで何があったのかを語りはじめます。
 舞台は五十年前、沖縄戦の最中へと移ります。夫の真助(知花章)を防衛隊に召集された房(朝霧舞)は、幼い息子の真吉(島袋利音)・娘の和子、そして家族とともに戦火の中を南部へと避難していきます。
 以後、凄まじい艦砲射撃や砲撃、その渦中を逃げ惑う沖縄の人びと、逃げ込んだガマで何があったのかを、映画はリアルに描いていきます。私も歴史書や証言で、ガマの中で起きた出来事については多少の知識があるつもりでしたが、リアルな映像には圧倒されました。ガマの中の湿度や臭いや暗さがリアルに体感でき、その苛烈な状況の中で日本軍兵士によって足手まといとされる住民たちの姿には息を呑みました。戦争は地獄だ、この地獄を生き延びるために人は鬼になるしかな、そして軍隊は民衆を守らない。沖縄の人びとが、戦争においてどのような体験をしたかを克明に描いた稀有なる映画です。
 心に残ったエピソードを二つ紹介します。ガマに逃げ込んできた行商人が、持参した馬肉を高値で売りつけようとします。するとある女性が大金を払って買い、みんなに振る舞います。彼女は看護活動に従事させられ、砲火のなかで解散した時に軍から大金をもらったのですね。彼女は撤退の際に足手まといとなる重病人に注射をして毒殺した経験を語り、その時の声が忘れられないと苦渋の表情で独白します。そこへ日本兵がやってきて、避難している住民から馬肉を奪ってしまいます。沖縄戦の実相がよくわかる場面でした。
 もうひとつ、ガマに避難した住民の中に朝鮮人女性がいたことも描かれていました。映画では詳しくはふれていませんでしたが、従軍慰安婦なのかもしれません。完成した「平和の礎」を写したラスト・シーンでは、礎に刻まれた北朝鮮と韓国の朝鮮人の名前をクローズ・アップしているので、大澤豊監督は、併合されて戦争に協力させられた朝鮮人についても忘れてはいけないと考えておられるのでしょう。
 さて、房と和子が不和となる出来事とはいったい何なのか。ガマの中で何が起きたのか。もちろん明かしません。ぜひこの映画をご覧になってください。

 上映が終わって休憩の後、ゲストによるトークがありました。東京で小学校の教員をされていた牛島貞満氏です。何と第32軍司令官だった牛島満のお孫さん。その関係で沖縄戦に関心をもち丹念に調べて授業で取り上げてきたとのことです。いくつか興味深いお話を聴くことができました。
 まず子どもたちに戦争の実相を伝えるためには「物」が大事だとして、沖縄で入手した砲弾の破片をまわしてくれました。長さは30cmほどですが、その重さに驚きました。そして尖った部分の禍々しさ。これが凄まじい速さで大量に四散したのかと想像すると、身の毛がよだちます。頭では知っていた「鉄の暴風」をほんとうに実感できました。
 そして第32軍の南部撤退は大本営の命令ではなく、独自の判断で行なったという事実。その決定の際に、南部の下見はしておらず、住民に対する配慮について話し合ったこともなかったそうです。その結果、何が起きたのか。米軍は、沖縄島地形図を縦横の180m四方のマス目で区切るグリッドマップを作成しており、日本軍の位置を探知したら五分後にそこを正確に砲撃できました。つまり多くの住民が避難している南部に第32軍が撤退したことによって、住民は正確無比な米軍の苛烈な砲撃にさらされました。牛島氏は"「鉄の暴風」を第32軍は一緒に連れてきた"と表現されていました。
 最後に、政治家はよく「沖縄戦で多くの県民や兵士が亡くなった。その犠牲の上に今の日本の平和がある」というような物言いをするが、違和感を覚えると氏はおっしゃりました。このような曖昧な物言いでは戦争を防ぐことはできない。その犠牲をもたらした責任者を明確にして、そのその責任を問わなければならない。

 「新しい戦前」を迎えている今だからこそ、必見の映画だと思います。戦争によって私たち一般市民はどういう目にあうのか。その際に軍隊は私たちを守ってくれるのか。あの禍々しい破片が私たちの体を引き裂く事態を防ぐために、何をすべきなのか。それを考えるための重要な一助になってくれました。お薦めです。
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 追記です。パンフレットに月桃(げっとう)についての説明があったので転記しておきます。

 「月桃」とは、沖縄の島々の山野に自生するショウガ科の多年草です。薬用植物で沖縄方言ではサンニンと呼ばれています。モチを包んで蒸すための葉に利用され、各家庭で重宝された月桃が花を咲かす季節が、ちょうど沖縄戦のあった4月から盛夏にかけて重なります。
 生き残った多くの人々が戦火の中で見かけた月桃は…それは祈りの花でもあるのです。

by sabasaba13 | 2025-02-26 07:29 | 映画 | Comments(0)
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