「<日本人>の境界」

 「<日本人>の境界」(小熊英二 新曜社)読了。「単一民族神話の起源」に続く、三部作の第二作目です。近代日本において、沖縄、アイヌ、台湾、朝鮮の人々がどういう状況で「日本人」として包摂され、また「日本人」から排除されたかを検証する力作・労作・大作です。
 とても要約をする力量はありませんので、一つだけ著者の主張を紹介します。外部に脅威が存在し、兵士や労働者など国家資源としてできるだけ多数の人間を動員しなければならない場合に、沖縄、アイヌ、台湾、朝鮮の人々を「日本人」として包摂し、その脅威が消えると「日本人」から排除する。後者の状況となった戦後日本で、排除と同時に「日本人単一民族」説が流布したことも納得です。官僚(軍人も含む)・政治家の都合で、必要になると様々な人々を無理矢理「日本人」に組み込み、必要がなくなるとさっさと切り捨てる。いったい「日本人」とは何なのでしょうか、この胡散臭さは銘肌しましょう。
 沖縄、アイヌ、台湾、朝鮮の近代史概説書としても有益です。それにしても著者の博学と論理的思考・文章には、毎度のことながら感嘆します。知的好奇心や批判精神が摩滅しつつある日本社会の中で、黙々と真摯に学問という営みを続ける著者にいくら献辞を捧げても足りません。

 本書の中に下記の一節がありました。昨今の「美しい日本語」ブームには閉口していたのですが、なるほどこう考えると理解できますね。和風ブームや北斎ブームも起きているようだし、次は万世一系の天皇ブームかな。別にアジアに対して優位に立つことはないのにね。
 普遍的文明は欧米の模倣、儒教文化は中国の真似となれば、あとは天皇と日本語をもちだすしか、台湾人にたいし日本が優位にたてる「威厳」の材料はなかった。

by sabasaba13 | 2006-01-13 06:05 | | Comments(6)
Commented by K国 at 2006-01-13 19:29 x
自分に自信が無くて尻尾を巻いた負け犬の一言です
地に住んでる人にとって、よそから来る人は全てよそ者です、受け入れる人もいます、受け入れたフリをして近づき都合が悪くなると、よそ者扱いして離れる、これは世界中どこにでもあることでは
よそ者の生活が長くて、いろんな人を見てきましたが、信用できる人が
ほんの僅かでも居たら幸せです。
それは人種ではアリマセン、周波数の合う人、信頼できる人ですね
気の合う人がタマタマ日本に居るから日本人であったということです
人と付き合えば人種なんてどうでもいいことです
考えが姑息になると最終的によそ者扱いすれば、どんなに優秀でも地元
には勝てません、ですので、よそ者発言をする人は信用しない事にしてます
Commented by sabasaba13 at 2006-01-14 11:23
 こんにちは。「よそ者」の範囲や定義を、自分の利益や都合に合わせて、伸縮自在好き勝手に変えるという動きには充分注意したいですね。その上で、この地球上には「よそ者」などいないんだという事に、早くみんなが気づかないと…
Commented by mihira-ryosei at 2006-01-28 11:37
同じような時期に小熊英二をとりあげておられたので驚きました。数年前に『民主と愛国』に降参し、『インド日記』を楽しみました。最近読んだ『単一民族神話の起源』をマイブログにとりあげてみました。
「当然の前提」を排除し、緻密に素直に問題に迫る小熊氏には、かつての教条に縛られていた反体制知識人とは違う自由な香りがします。
いいすぎかな。
Commented by sabasaba13 at 2006-01-28 18:28
 こんばんは。「かつての教条に縛られていた反体制知識人」についてはコメントをする力量がありませんので、何とも言えませんが、緻密に素直に問題に迫るという点については同感です。自分に最も欠けているのは、問題を見つける力ではないかと自戒する今日この頃です。「インド日記」はいかがでしたか? 本当に次回作が楽しみな数少ない研究者の一人です。
 追記 ベートーベン交響曲第九番は、ピエール・モントゥー+ロンドン交響楽団の理知的な演奏もなかなかいけますよ。第三楽章はフルトヴェングラーの身も心もとろけるような演奏にはかないませんが。
Commented by mihira-ryosei at 2006-02-01 23:15
インド日記は、肩の力が抜けていてこっちも楽に読めました。牛とコンピュータというインドの切り取り方はやはりさすが。モントウーはまったく想像の外でした。チャンスあれば聴きます。リンクはらせてもらいます。
Commented by sabasaba13 at 2006-02-02 20:11
 こんばんは。今、インドの近現代史に関する本をまとめて読んでいるので、その仕上げとしてチャレンジしたいと思います。そういえば堀田善衛の「インドで考えたこと」(岩波新書)という本がありましたね。読み比べると面白そう。
 モントゥーの二枚組CDにはリハーサル風景も収録されています。英語が理解できない己の未熟さを呪詛したくなります。なかなか甲高い可愛い声です。
<< 「啄木 ローマ字日記」 谷中七福神編(3):(06.1) >>