静岡編(18):浜松(19.9)

 東海道本線に乗って10分ほどで浜松駅に到着、新浜松駅まで移動して遠州鉄道に乗り、約20分で遠州西ヶ崎駅に着きました。ブロンプトンを組み立てて散策を開始、まずは持参した地図を頼りに旧笠井郵便局をめざします。「メンタルクリニック ダダ」というかんばんがありましたが、"ダダイズム"と関連があるのかな。
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 すこし走ると「軽便万斛(まんごく)停留所跡」という標識がありました。ウィキペディアによると、かつて遠州西ヶ崎駅と遠州笠井駅を結ぶ笠井線という軽便鉄道があったそうです。
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 その先にあったのは出世大名家康くんによる「歩行者に注意するのじゃ」という看板。彼はたびたびこのあたりに立ち寄ったそうです。
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 とある神社には「武運長久祈願」「忠魂碑参道」という石標がありました。
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 そして旧笠井郵便局に到着、1933(昭和8)年に建てられた石造りの洋館を模した郵便局舎です。
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 近くには珍しいかたちの透かしブロックがありました。
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 さらにペダルを踏んで、舟岡山のトーチカへ。こうした戦争遺産を保存してくれた桜井製作所には感謝いたします。それにしても当時の軍部は、天皇制および己らの地位・権力を守るために、本気で本土決戦を敢行しようとしたのですね。そのためには、民衆の凄まじい犠牲など眼中になかったのでしょう。解説を転記します。

 太平洋戦争中、この舟岡山にはトーチカがいくつか築かれた。戦争が激化したため本土決戦に備えて構築したもので、その名残が今もみられる。幸にもトーチカは使用されることはなく、平和な時代をむかえたいま、当社(※桜井製作所)の新鋭工場が建てられ、活躍しているというのも新しい時代の流れである。

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by sabasaba13 | 2025-10-05 06:35 | 中部 | Comments(0)
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