赤坂プレスセンターと横須賀基地

 トランプ大統領と高市首相が大統領専用ヘリコプター「マリーンワン」に同乗をして、特別な親密さを演出したことが話題となりました。しかし、このヘリが、赤坂プレスセンターから飛び立って横須賀基地に到着したことに着目したメディアは、管見の限りありませんでした。
 この両者は言うまでもなく米軍基地、しかも首都および首都圏にある米軍基地です。他国の軍事基地が首都圏に存在する、これは国際的常識ではあり得ません。それなのに何故、日本では横須賀、横田、厚木、座間といった首都圏を制圧するような米軍基地が置かれているのか? 考えるに値する重要な問題です。それについて考えるヒントとなる一文を紹介します。『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治 集英社インターナショナル)から引用します。

 このようにドイツはさまざまな努力の結果、『国際連合憲章逐条解説』にあるように、すでに1970年代、「敵国」としての位置づけを事実上、脱することに成功していました。そうした歴代の首相たちの努力があったからこそ、第六代首相となったヘルムート・コール(キリスト教民主同盟)は、冷戦終結のチャンスをとらえて1990年9月12日に、「ドイツの戦後処理に関して責任をもつ」戦勝四カ国(米英仏ソ)と東西ドイツのあいだで事実上の「講和条約」(通称「2プラス4条約」)を結び、敗戦国としてのなごりをすべて清算することができたのです。そして翌月10月3日のドイツ再統一、さらには1993年11月1日のEU創設へと突き進むことができたのです。
 1990年に結んだ「2プラス4条約」にもとづき、米英仏ソの駐留軍はすべて1994年までにドイツから完全撤退していきました。現在ドイツに残っている米軍は、基本的にNATO軍としての制約のもとに駐留しており、そのドイツ国内での行動にはドイツの国内法が適用されています。
 こうして日本と同じく第二次大戦の敗戦国だったドイツは、長く苦しい、しかし戦略的な外交努力の結果、戦後49年目にして、ついに本当の意味での独立を回復することができたのです。
 それにひきかえ日本は、ドイツのように周辺諸国に真摯に謝罪し、「過去の克服」をおこなうのではなく、戦後まもなく成立した冷戦構造のなか、米軍基地の提供とひきかえに、外交と安全保障をすべてアメリカに任せっきりにして、国際社会への復帰をはたしました。講和条約に通常書かれるはずの敗戦国としての戦争責任も明記されず、賠償金の支払いも基本的に免除されました。そして過去に侵略をおこなった韓国や中国などの周辺諸国に対しては、贖罪意識よりも、経済先進国としての優越感を前面に押し出すようになり、戦後70年のあいだ、本当の意味での信頼関係を築くことが、ついにできませんでした。
 その結果、日本は世界でただ一国だけ、国連における「敵国」という国際法上最下層の地位にとどまっているのです。日本全国に駐留し、国内法を無視して都市の上空を飛びまわる在日米軍がその証しです。いまだに軍事占領がつづく沖縄と、横田、厚木、座間、横須賀など、首都圏を完全に制圧する形で存在する米軍基地、そして巨大な横田空域(ラプコン)がその証しです。そんな国は世界じゅう探しても、日本以外、どこにも存在しないのです。
 アメリカに従属していれば、その保護のもとで「世界第三位の経済大国」という夢を見ていられます。しかし、ひとたびアメリカから離れて自立しようとすれば、世界で一番下の法的ポジションから、周辺国に頭を下げてやり直さなければならない。それはまさに戦後の西ドイツが歩んだ苦難の道そのものです。
 いまさらそんな大変なことはやりたくないし、そもそもどうやっていいかわからない。だから外務省が中心になって、米軍の駐留継続をみずから希望し、ありもしない「アジアでの冷戦構造」という虚構を無理やり維持しようとしている。それが現在の「戦後日本(安保村)の正体」なのです。(p.242~2)

 もう言葉もありません。アジア諸国との信頼関係の欠落とアメリカへの従属、その代償として首都圏を含む全国各地に米軍基地を提供し、日米地位協定により米軍の治外法権的行為を容認する。この現実をまず認めることから始めましょう。
 そして日本の新しいリーダーは、この軍事基地のひとつに喜々として降りたち、現状に自発的に屈従していることも。

by sabasaba13 | 2025-11-07 07:04 | 鶏肋 | Comments(0)
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