トランプ政権によるベネズエラ侵攻

 ベネズエラ… 行ったことはありませんが、気になる国です。ホセ・アントニオ・アブレウ氏が貧しい子どもたちを音楽によって救うために立ち上げた音楽教育プログラム「エル・システマ」。「エル・システマ」によって育てられて世界的な指揮者となったグスターボ・ドゥダメル
 また、毀誉褒貶のある故ウゴ・チャベス大統領。過激な言動や判断ミスなども見受けられますが、格差をなくして平等な社会と世界とつくろうとする軸足はぶれない政治家だなと感じ入りました。石油産業を国営化してその収入を、貧困層や先住民のための医療・教育のために積極的に投入するという政策も大きな成果をあげたようです。利権を奪われたアメリカ政府と企業の猛烈な反発と、経済運営の失敗によって、晩年には国民の支持を失ったようですが。

 周知のように、トランプ米政権がこのベネズエラに対する軍事攻撃を行い、チャベス路線を引き継ぐ反米左派政権のマドゥロ大統領夫妻を拘束、米国に移送しました。トランプ大統領はマドゥロ夫妻を、「麻薬テロ」などの罪で裁判にかける構えです。またトランプ氏はベネズエラを「運営」するとも明言し、コロンビアやメキシコなど対立する中南米諸国への介入も示唆しています。
 しかし、民間人も巻き込んだ米軍の攻撃は警察活動の一環とはとても言えません。また、軍事攻撃が国連憲章などの禁じる「武力による現状変更の試み」であることは明らかで、国連のグテレス事務総長は「国際法の規範が尊重されていない」と表明しています。
 「武力による現状変更」という地獄の蓋を開け、世界を弱肉強食のジャングルにしようとしているアメリカ。その暴挙の濫觴をつくったのは、ロシアによるウクライナでしょう。白井聡氏の指摘を『ニッポンの正体 漂流する戦後史』(聞き手・高瀬毅 河出文庫)から紹介します。

 ロシアのウクライナに対する今回の侵攻で何が一番怖いかというと、国家が武力を行使するという究極の判断に対する心理的ハードル、基本やってはいけないことであるという共通了解が一応国際社会には強固にあったはずですが、そのハードルが低くなってしまうという効果があることだと思います。そうすると、みんなが「あいつらもやってくるんじゃないか」と疑心暗鬼になってきます。
 私たちもより備えを高めなければならないということになってくる。そうすると、それを見ている仮想敵国の方は「あいつらは戦闘的な姿勢ではないか」ということで、あちらも軍備を増強するということになり、いわゆる「安全保障のジレンマ」が昂進していくきっかけになってきつつあるのが本当に嫌なところです。(p.62)

 その結果が、安易に他国を攻撃しその大統領を拉致連行したアメリカの暴挙であり、世界の軍需企業販売額が最高となったという狂気じみた現状ではないでしょうか。
 この暴挙に対し、アメリカの利益のために、ATMにされ、アメリカ製兵器を爆買いさせられ、対中国戦争の最前線に立たされ、それなのに喜々としてトランプ氏に尻尾を振る高市首相は、当然の如くトランプ大統領を非難・批判をせずわけのわからないコメントを述べるのみ。ああ情けなく腹立たしい。そしてこの御仁を、信じ難いほど多くの人たちが支持していることも肝に銘じましょう。

 さてトランプ大統領の意図と、今後の世界の見通しについて、冷静かつ論理的・知的に分析してくれた内田樹氏のコラム[『東京新聞』(25.12.28)]を紹介します。

<時代を読む> 21世紀の東西分割 内田樹・神戸女学院大学名誉教授・凱風館館長

 トランプ政権が「国家安全保障戦略」を公表した。「パクス・アメリカーナ」の政策的基盤であった国際協調主義を捨て、「米国第一」の孤立主義への回帰がこれで決定的になった。「西半球」を自国の勢力圏とみなして排他的に利益を追求する一方、中国とロシアには干渉しない。そして、これまでの同盟国とは距離を置く。「巨神アトラスのように米国が世界秩序を支える時代は終わった」とトランプは宣言した。
 米国は建国以来、国際協調主義と孤立主義という相反する外交戦略の間を揺れ動いてきた。孤立主義は第5代大統領ジェームズ・モンローが1823年に教書のかたちで公表した外交戦略である。米国は欧州諸国の紛争に干渉しない。その代わりに、欧州諸国は南北アメリカ大陸に干渉してはならない。
 第1次世界大戦への参戦を渋ったのも、ウィルソン大統領が提唱した国際連盟に参加しなかったのも、第2次世界大戦参戦前に、保守派から左派リベラルまで含んだ「米国第一委員会」が広範な支持を集めたのも、どれもモンロー主義の表れである。だから、トランプの「米国第一主義」と孤立主義への回帰も米国民にとっては「いつか見た風景」の何度目かの再演にほかならない。
 国際協調から降りた米国は今「G2」体制をめざしている。2大国が勢力圏の分割で手打ちをするというアイデアはトランプの創見ではない。1494年にスペインとポルトガルはトルデシリャス条約によって「世界二分割」を決めた。コロンブスによる「新大陸」発見後、この広大な「無主地」の先占を争う時に、妥協案として西アフリカ・セネガル沖の子午線に沿った線の東側の新領土がポルトガルに、西側がスペインに属することを定めたのである。
 おそらくトランプの脳内にあったのは、グアム=テニアンの線で米中が世界を東西に二分割する「21世紀のトルデシリャス条約」のようなものなのだろう。「世界秩序」を支える気はないが、「西半球」の利権は確保したい。そう考えると、グリーンランドやパナマ運河を領有しようとしたり、ベネズエラの油田を「米国のもの」だと言い張るトランプの妄想的な世界戦略の意味がわかる。
 おそらく次の訪中の機会に、習近平との間で「ベネズエラを米国が獲るのを見過ごしてくれるなら、中国が台湾を獲っても文句を言わない」という「ディール」を試みるつもりでいるのだと思う。ベネズエラの石油埋蔵量は世界最大である。ここを属国化すれば、米国はもう中東には用がなくなる。ホルムズ海峡からのオイルロードの守備も不要になる。東アジアの同盟国に対して「オレらはハワイまで退くから、あとはおまえたちで何とかしろ」と言って西太平洋から立ち去るというシナリオはもはや空想的なものではない。
日米安保条約の廃棄を米国が通告してくる可能性について、私は以前は「ゼロではない」と書いていたが、今なら「低くはない」と書き換える。
「東アジアからの撤退」はおそらく韓国から始まる。在韓米軍司令官が持っている戦時作戦統制権が韓国軍に移管された時(つまり北と軍事衝突が起きた時に米軍が参戦しない口実ができた時)が「撤退」の始まりだと私は思っている。朝鮮半島から目が離せない。

 アメリカによるベネズエラの属国化と、中国による台湾併合の「ディール」、十分に可能性はありそうですね。そしてアメリカ軍の東半球からの撤退、およびそこにおけるさまざまな紛争への非介入。そこには日米安全保障条約の廃棄と在日米軍の撤退というオプションもあり得るという重要な指摘です。日本政府はそうなった場合の対応について…何にも考えていないだろうなあ。日本外交の根幹は日米安保条約を堅持することだという、わけのわからない妄念にとりつかれている御仁がほとんどでしょう。
 顧みるに、近現代の日本は大国の庇護下に入り様々な援助を得ることによって発展してきました。イギリス(日英同盟)、ドイツ(三国同盟)、アメリカ(安保条約)。もちろん大きなメリットはありましたが、大国の都合にふりまわされて国益を損なうというデメリットもありました。そろそろこうした"寄らば大樹の陰"から脱却すべきだと考えます。それでは、中国、ロシア、アメリカという「ならず者大国」の横暴に対して、日本の外交はどうやって私たち庶民の暮らしや命をどうやって守るのか。武力による軍事的解決を志向する大国ではなく、外交交渉による平和的解決を志向する中小国との連帯と協力が望ましいと考えます。具体的には、大韓民国と東南アジア諸国連合(ASEAN)です。日本を含めたこうした諸国が協力し、大国との同盟を結ばずに、外交交渉によって東アジアにおけるさまざまな問題を平和的に解決していく。理想を高く掲げ、台湾問題の解決、朝鮮半島の統一、そして東アジアを非核地帯にして恒久的な平和地帯とすることをめざしてほしいと強く願います。

 さて問題は"ならず者国家"アメリカをどうするかです。ここで誤解をしてはいけない点が、アメリカが「武力による現状変更」を行ったのは今回のベネズエラ侵攻が初めてではないとうことです。『アメリカの国家犯罪全書』(ウィリアム・ブルム 作品社)によると、1945年から本書が発刊された2003年までに、アメリカがさまざまな介入を行った国は…

 中国、フランス、マーシャル諸島、イタリア、ギリシャ、フィリピン、朝鮮、アルバニア、東欧、ドイツ、イラン、グアテマラ、コスタリカ、中東、インドネシア、西ヨーロッパ、英領ギアナ、イラク、ソ連、ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、エクアドル、コンゴ、アルジェリア、ブラジル、ペルー、ドミニカ、キューバ、インドネシア、ガーナ、ウルグアイ、チリ、ギリシャ、南アフリカ、ボリビア、オーストラリア、イラク、ポルトガル、東チモール、アンゴラ、ジャマイカ、ニカラグア、フィリピン、セイシェル、南イエメン、韓国、チャド、グレナダ、スリナム、リビア、フィジー、パナマ、アフガニスタン、エルサルバドル、ハイチ、ブルガリア、アルバニア、ソマリア、イラク、ペルー、メキシコ、コロンビア、ユーゴスラビア…

 同書によると、介入の主な理由は「アメリカ政府と企業の利益・利潤追求を妨害する存在・勢力を抹殺する」というものです。多くの場合、自国の一般市民がアメリカ政府・企業の犠牲になるのを食い止めるために行われた改革・革命・運動が弾圧の対象となっています。そして冷戦期にはそうした存在に「共産主義者」、冷戦後は「テロリスト」「麻薬密売人」というレッテルをはりつけているのですね。「共産主義者」「テロリスト」「麻薬密売人」は、「アメリカ政府と企業に敵対する者」と定義してもいいかもしれません。ベネズエラは「麻薬密売人」に該当するわけだ。
 というわけで、今回のベネズエラ侵攻を含めて、アメリカ政府と企業に敵対する存在や勢力を幾度となく抹殺し続けてきたならず者国家・アメリカ合州国。どうすればその暴挙と暴走を食い止めることができるのでしょうか。素人の考えでは、BDS、アメリカに対するボイコット(Boycott)、投資引き上げ(Divestment)、経済制裁(Sanctions)が考えられますが、そう簡単には行きそうもないし…
 世界を帝国主義の時代に戻さないためにどうすればいいのか、大国の横暴をどうやって抑止するのか。いまこそ、全世界の叡智を結集する時です。

 追記その一。拙ブログで掲載したアメリカ関連書籍の書評です。よろしければご参照ください。『戦争中毒』(ジョエル・アンドレアス 合同出版)、『お節介なアメリカ』(ノーム・チョムスキー ちくま新書676)、『パクス・アメリカーナの五十年』(トマス・J・マコーミック 東京創元社)、『アメリカ帝国とは何か』(ロイド・ガードナー/マリリン・ヤング編著 ミネルヴァ書房)、『アメリカ帝国の悲劇』(チャルマーズ・ジョンソン 集英社)。

 追記その二。ベネズエラの野党指導者にしてノーベル平和賞を受賞したマリア・コリナ・マチャド氏に関しては、すこし注意が必要です。『東京新聞』(25.10.18)から引用します。

<本音のコラム> ノーベル「平和」賞 師岡カリーマ(文筆家)

 日本被団協がノーベル平和賞に選ばれて1年。当時は私も嬉しかったし当事者の方々も喜んでおられたが、今思えば、表彰された側が名誉なのではなく、逆に被団協の受賞が平和賞に品格を与えていた1年だった。
 ノーベル賞一般の威光を借りてはいるが、平和賞の人選には、欧米諸国の都合やナルシシズムや政治的思惑を見いだす人も世界には少なくない。
 カンボジアで市民5万人を殺害した空襲を命じたキッシンジャー元米国務長官や、大統領に就任した以外はまだ何も成し遂げていなかったオバマなどはその代表格だ。
 ベネズエラの反政府運動家マチャド氏という今年の人選も、大国への忖度が丸見えではないか。
 独裁色が強まる国で民主化を掲げているとはいえ、自国の石油民営化と米企業優遇をチラつかせてトランプ政権に秋波を送り、米国の軍事介入を暗に勧誘し、人命を奪う経済制裁を支持し、反移民思想を掲げるヨーロッパの極右会派「欧州の愛国者」の会議にリモート参加し、戦争犯罪容疑者ネタニヤフに協力を求めて「私が大統領になったら(違法性が指摘されるトランプの決定に倣い)在イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移す」と約束するなど、平和より分断に?がる言動が目立つ人物をあえて選ばずとも、独裁政権や不正と勇敢に闘う活動家は他にいくらでもいるのでは。

by sabasaba13 | 2026-01-11 06:58 | 鶏肋 | Comments(0)
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