岩波友紀写真展 Blue Persimmons

 今日は3月11日、東日本大震災と福島原発事故から十五年となります。

 『東京新聞』(25.10.11)の記事です。

福島第1原発事故、近づく15年…岩波友紀さんが移住し撮り続けた被災地 「見えづらくなった不条理」感じて

 東京電力福島第1原発の事故をきっかけに福島県に移住し、被災地を見つめ続けてきた写真家の岩波友紀(ゆき)さん(48)の写真展が15日まで、東京都新宿区のアイデムフォトギャラリー「シリウス」で開かれている。放射能汚染に苦しんできた現場を伝える約40点を展示している。
 新聞社の写真部員だった岩波さんは、2011年の原発事故取材を機に被災地に通うようになり、2014年に移住後はフリーランスとして被災地の風景や人々を撮り続けてきた。今回は、来年3月で事故から15年を迎えるのを前に企画した。
 汚染で出荷できなくなり雪の上に大量に捨てられたオレンジ色の柿や、森の緑に囲まれた仮置き場にうずたかく積まれた汚染土の青い袋の写真が、原発事故がもたらした「現実」を視覚を通して突きつける。この2作品が作品展のタイトル「Blue Persimmons(青い柿)」の由来になった。
 他にも、帰宅困難区域内の墓地に防護服を着て墓参りする人、漁師の男性や農家の女性ら被災地に生きる人々の表情を追った作品などもある。
 岩波さんは「福島に住むことで地元の人たちの不安や葛藤が分かるようになった。福島では今も不条理が続いているが、年がたつにつれて見えづらくなってきている。写真から感じ取ってもらえれば」と話す。(浜崎陽介)

 いま私たちにできることは、福島の核(原子力)発電事故を、今もその事故の影響で苦しんでいる人たちを、放射能によって取り返しがつかないほど汚染された福島の自然を、絶対に忘れないことだと信じます。あの事故を一刻でもはやく忘れさせ、なかったことにして、責任を免れ、核(原子力)発電による利権とこれからも享受しようとしてる東京電力、政府、関係する官僚や省庁、学者、メディアに抗うためにも。
 この写真展はぜひ見たい。さっそく新宿に行ってきました。会場に掲示してあった岩波友紀氏の言葉を転記します。

 2011年、福島第一原発が放射性物質を撒き散らした。多くの住民が避難し14年経った現在でも立ち入れない土地がある。美しい福島の土地を知っていた私は、故郷の喪失と目には見えない放射能の被害を可視化しようと、福島を記録していった。日本の地方では人間と土地は密接な関係があるが、それは完全に破壊されていた。
 事故から3年後、私は福島に移住し、居住者として福島を撮影することによりそこでの不条理に気づくことになる。福島は物理的にだけでなく精神的にも分断が起こっていた。避難区域の境に境界線が引かれ、立場の違いで友人が心通わない人に変わった。ふつうの生活を送っているように見える人たちの心にも、不安が常につきまとっていた。それこそが目には見えない最大の被害だった。
 そして社会がそれらを許容し続けることでこれからも不条理は続き、私たちは目的を見失って生き続けることが確約されていった。
 土地との関係と他者との関係はすでに修復できず、心の中の不安が除かれたことはない。何が正しいかは今までもこれからも誰もわからないだろうけれども、彼らは、そして彼らと同じ私たちは、それでもこの世界で生き続けていて、その事実だけが真実らしいものとして眼前に存在する。

 放射能の被害を可視化するための記録。人間と土地の密接な関係を完全に破壊。物理的・精神的な分断。常につきまとう不安。それらを社会が許容し続けることによる不条理の継続。そして目的を見失って生き続ける私たち。
 岩波氏の絶望と憤怒がびしびしと伝わる文章です。そうした状況のなかで事故の被害を可視化し記録にとどめようとする固い決意。記録をしなければ、なかったことにされてしまう。土本典昭監督の「記録なければ事実なし」という言葉を想起します。
 そして岩波友紀氏の思いが結実した数々の写真。氏のご厚意で撮影およびインターネットでの公開は可能とのことなので、お言葉に甘えます。小さなサイズの写真なのですが、氏が事実として記録してくれた被害、破壊、分断、不安、不条理が伝われば幸甚です。
 こうした不条理を許容する社会でいいのかという問いにも、対峙しましょう。
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 追記です。『東京新聞』(26.3.13)に岩波友紀氏のインタビューが掲載されていました。

「被災地・被災者の今を伝えたい」「撮り続けるためフリーになって」
〈原発事故15年 今思うこと〉23
東京電力福島第1原発事故から15年。原発事故に翻弄された「声」を連載で伝えていく。
◆写真家の岩波友紀さん(49)
 もともと学生時代に旅先で写真を撮り始め、フォトジャーナリズムに興味を持ちました。原発事故が起きたときは読売新聞の写真部員で東京にいましたが、その前に20代後半から3年間は仙台市に赴任。東北6県を回る中で、福島の里山の風景に癒やされていました。
 原発事故は復興の道のりが長くなります。ただ、組織にいれば同じところで撮り続けるのは難しい。葛藤もありましたが、2014年に福島県に移住し、その後フリーになりました。
 被災地の人々は心の整理はついていないと感じます。事故から15年たち、目に見える境界線だけでなく、精神的な分断といった不条理はますます見えづらくなっている。つながりを大切に、被災地と人々の表情を撮り続けていきたいと思っています。(聞き手・浜崎陽介)

by sabasaba13 | 2026-03-11 06:48 | 美術 | Comments(0)
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