『ヒポクラテスの盲点』

 コロナ・ウィルスによる災禍は完全に終息したのでしょうか。わかりません。日本社会の悪い癖で、どんなに大きな災禍でも喉元過ぎれば、忘却の彼方に追いやり、記憶から消し去り、なかったことにしてしまいたがります。そうすれば、その災禍の過程で亡くなられた方や被害を受けた方に対する責任を、為政者たちは問われなくて済みますから。戦争しかり、公害しかり、原発事故しかり、自然災害しかり。もう済んだことさ、忘れよう…
 だから同じような犠牲や被害や悲劇が繰り返されるのだと考えます。それを防ぐために、私たちがしなければならないことは、忘れないこと、関心を失わないことです。そして専門家やメディアに求めたいのは、記録として残すこと、その災禍への対応において、成功したのは何か、失敗したのは何かについてできるだけ正確に論理的に検証すること。その失敗によってどのような犠牲と被害が生まれたのか、その責任を果たすべき者は誰かを検証することです。
 当然、コロナ禍についても私たちは忘却の淵に沈めてはならないし、前述の検証がなされるべきだと思います。私も拙ブログで政府の対応における問題点を批判しましたが、ワクチンの有効性については山ノ神とともに三回接種するなど、ほぼ信用していました。しかしこのワクチンについての大きな問題点を追求したドキュメンタリー映画『ヒポクラテスの盲点』が上映されていることを知り、さっそくアップリンク吉祥で観てきました。上映後に監督によるアフター・トークがあるということでほぼ満席。真実について本当のことが知りたいというみなさんの熱気が伝わってきました。
 公式サイトから紹介文を転記します。

あの時「喧伝」されたことは正しかったのか?
 新型コロナウィルス蔓延という未曽有の危機を経て国の感染症対策は変化を重ねた。しかし、今となって様々な情報が報道され始めているのが、従来のワクチンとは根本的に異なる新技術で開発された新型コロナワクチン(mRNA遺伝子製剤)による後遺症被害の問題だ。過去に例のない「新薬」の認可と流通は、大変な危険を伴った賭けであったことが医学的に明らかになりつつある。当初からその安全性を不安視する声もあったが、ワクチン接種はあくまで強制ではなく努力義務・推奨とし、思いやりという同調圧力が日本中を覆っていた。多くの国では2~3回接種までが主流であったが、日本ではその安全性に「重大な懸念はない」とされ、一度も中断することなく特に高齢者らに対して7回目のブースター接種まで推奨が続けられた。

新型ワクチン、「次」も打ちますか?
 新型コロナワクチンは新型コロナ禍での「希望の光」だったことは誰しも疑いようのない事実だろう。しかし、ワクチン接種によって、感染者は減るどころか増えたというデータさえもある。なぜ日本はワクチンを打ち続けたのか? そして、現在においても公に検証がされないのはいったい何故だろうか? そこには、医学の盲点や限界のみならず、不都合な現実から目を逸らせるためのデータのトリック、アカデミアやメディアの政府に対する忖度など、日本社会のさまざまな問題が集約されていた…。

不都合な現実に蓋をして、見ないふりをするのか?
 それとも、疑問を抱き続けるのか? そんな中、大手メディアがでは殆ど報道しようとしない新型コロナワクチン後遺症の影響を科学的に究明しようとする人物がいる。医師、後遺症患者、遺族、そして当時のワクチン推進派などの様々な立場での意見を多角的にみることで、もう一つの現実が見えてくる。医学の祖・ヒポクラテスは言った、「何よりもまず、害をなすなかれ」と。わたしたち自身に、盲点はなかったか? まずは知ること。そして、考えること。未来に向かうために。同じ過ちを起こさないために-。

 監督の大西隼氏はディレクター/プロデューサーであると同時に、東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了した理学博士でもあります。医学に関する専門知識を駆使しながら、私たち素人にもわかりやすく問題点を提示してくれました。
 映画に登場するのは福島雅典氏、藤沢明徳氏、児玉慎一郎氏をはじめとする、ワクチンの危険性を主張し、ワクチン後遺症の治療法開発に力を尽くす医師たちです。映画のいくつかのシーンにも表れますが、新型コロナワクチンの後遺症に苦しむ患者や、接種直後に死亡した方の遺族の悲痛な声を聞き、時には涙ぐみ時には絶句しながらも何とかしなければいけないという思いに駆られます。
 普通なら10年掛かるところを2年で作ったコロナワクチンは果たして安全なのか? 多くの被害、多くの死亡例があるのに、それでもなぜ接種が推奨され続けているのか? 専門家でもある大西監督は、根拠のない陰謀論ではなく、科学的なデータを手際よくわかりやすく提示してくれます。
 そして、福島氏らは全接種者を対象とした各製薬会社のワクチンの安全性試験のデータと、ワクチン接種歴別のコロナ陽性数・重症化率・死亡率についての情報開示請求を厚生労働省に対して行ないます。しかし、ほぼすべての回答はいわゆるのり弁(黒塗り)でした。このあたりは既視感(デジャ・ヴ)を覚えます。官僚組織において最優先される生理は「保身」と「組織防衛」、それに都合の悪い情報は徹底的に隠蔽する。そういうことではないでしょうか。
 私はこの映画で初めて知ったのですが、厚生労働省前に「誓いの碑」があるそうです。

誓いの碑

 命の尊さを心に刻みサリドマイド、スモン、HIV感染のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させることのないよう医薬品の安全性・有効性の確保に最善の努力を重ねていくことをここに銘記する

 千数百名もの感染者を出した「薬害エイズ」事件このような事件の発生を反省しこの碑を建立した

 平成11年8月  厚生省
歯科
 厚生労働省はこの誓いを破り、再び「コロナ・ワクチン」という薬害をおこしてしまったのではないかという疑念がわいてきます。

 というわけで、絶対に忘れてはいけないこと、検証を続けなければいけないことを提起してくれる重要な映画です。
 印象的なシーンは、ある歯科医師が科学的データをもとにワクチンの安全性への疑問を述べた時に若い医師から「先生は反ワク(※ワクチン反対派)なんですね」と言われたと語った場面です。遺族や患者の思いをよそに、ワクチン賛否で医師たちを二分してしまう発想にはちょっと寒気を覚えました。福島氏はこう嘆きます。「タブー視してできるだけ関わらないようにしたい。知性の崩壊、人間性の崩壊だよ」
 もう一つはこれだけ危険性に関する明証があるのに、ワクチン接種を推し進める官僚や医師たちに対して、福島氏は怒気を含ませながらこう言い放ちます。「深刻に危機感を持っています。科学の危機、それから民主主義の危機、医療の危機ですよ」 医療に関係する方々には「害をなすなかれ」というヒポクラテスの誓いを思い起こしてほしいものです。

 さてそれでは、政府と厚生労働省と多くの医師は、これほど問題のあるワクチンをなぜ推奨したのでしょうか。しかも映画にもあったように、"(あなたの大切な誰かのために)おもいやりワクチン"という同調圧力まで利用して、なぜワクチンを接種させようとしたのか。
 本作ではそこまで踏み込んではいませんが、ぜひ知りたいところです。大西監督、ぜひ第二弾を期待しています。

 アフター・トークに登壇したのはジャーナリストの藤江成光氏と大西隼監督。藤江氏から「なぜこのタイトルにしたのか」という質問がありましたが、監督は医師や官僚の過ちを「罪」ではなく「盲点」ととらえることによって赦したいという気持ちがあったと答えられていました。また映画に登場した医師たちは、みなさん強い信念を持った「侍」のような人たちであったと称賛されていました。
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by sabasaba13 | 2026-03-31 15:27 | 映画 | Comments(0)
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