「世界文明一万年の歴史」

 「世界文明一万年の歴史」(マイケル・クック 柏書房)読了。書名どおり、世界文明一万年の歴史を一冊で叙述するという力業。著者はイスラーム史の専門家だそうですが、広範で該博な知識を駆使して見事にこれを描ききります。無視されがちなアフリカ、中南米、オーストラリア文化への目配りもきちんと行き届いています。またアフリカを出て地球上の大陸に散らばった人類が各地で作り出し、長年にわたり継承してきた文化の固有性(「余計な文化的装飾」)についての考察も興味深いですね。アボリジニの婚姻制度、メソアメリカの暦、東アフリカの年齢組、中国の祖先崇拝、インカのキープ、インドのカースト、エジプトのシャブティ像などなど。固有文化への資本主義システムの浸透・侵犯と、それに対する反発を理解することが、これからの世界を見通す上で必要だと思っているので、この視点は参考となりました。またさすがにイスラーム研究者らしい数々の鋭い指摘にも得心。例えば…
 イスラームの地理上の範囲に関する広範な意識を作り出す上で、さらに広範な地域に散らばって暮らしていたムスリムの間で定期的に接触を保つ上でも、巡礼が特別な役割を果たしていた。
 なるほど。イスラーム世界を一つにまとめる上で役立ったもう一つの制度がイスラーム暦(ヒジュラ暦)であるという指摘とともに首肯できます。
 そして現在の世界が直面している問題について、著者はこう考えているようです。「われわれを特別な存在にしているのは、遺伝子のレベルではほぼ均質な人類という種が持つ、多様な文化を作り出そうとする性癖である」と概括した上で、その多様な文化が近代世界によって均質・画一的なものに変えられようとしていること、そして同時に人びとの間にひどい不平等を引き起こしているということ。もちろん具体的な即効薬・特効薬について、著者は述べておりません。
 また民主制を維持するには、大多数の民衆を満足させるための財源が必要であるという指摘にも、はっとさせられました。すでにアリストテレスが以下のように言っているそうです。
 他の都市の歴史を調べてみれば、民主制が台頭する時には、自分の懐をかき回すかわりに、ほとんど常に土地の全体的な再分配が行われていることがおわかりになるだろう。
 文化の多様性と社会的平等と民主制、この三つを同時に実現するにはどうしたらよいのだろう。寺山修司が「偉大な思想などにはならなくともいいから、偉大な質問になりたい」と言っていましたが、重要な、本当に重要な問いをつきつけてくれた好著です。
by sabasaba13 | 2006-03-02 06:02 | | Comments(0)
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