「ジャーヘッド」

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 サム・メンデス監督の映画「ジャーヘッド」を見てきました。ジャーヘッドとは、お湯を入れるジャーのように高く刈り上げた、海兵隊独特の髪型をさしているとのことです。志願して海兵隊に入隊し、歩兵・狙撃兵として湾岸戦争を経験した若い兵士の手記を映画化したものです。1991年ですからもう十数年前になりますね、TVゲームのようにミサイルが正確に標的に命中するのをニュースで見て、ハイテク兵器の進歩は凄いなあと驚いたのを思い出します。標的を外した映像を放映しなかっただけなんですけどね。この映画では、砂漠を文字通り這いずり回る歩兵の視点から、湾岸戦争を描いています。冒頭では、定石どおり、新兵の人格や権利意識を打ち砕き、戦闘機械にするためのいじめ・しごきのシーンです。「フルメタル・ジャケット」など幾多の映画で描かれた場面ですが、アメリカ軍の体質は全く変わっていないようです。その様子は「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」でも描かれていましたが、これでは沖縄における米兵の犯罪がなくならないのも当然ですね。そしてサウジアラビアに移動して、開戦までの数ヶ月間、油田の警備や訓練などの日々が続きます。この間の鬱屈、苛立ち、倦怠、悪ふざけ、そして兵士の精神を蝕んでいく狂気などを、時にはユーモアをまじえながら克明に描写していきます。「フセインに武器を与えたのはアメリカだ」とある兵士が疑念をもらしますが、ほとんどの兵士が祖国への忠誠と、絶対的な悪として思い描く(すりこまれた)フセインへの憎悪に燃えています。そして開戦。華々しく勇壮な(?)戦闘シーンはほとんどありません。友軍による誤爆や、アメリカ軍の攻撃により殺されたイラク民間人の焼死体、イラク軍が火をつけた油田から降りそそぐ油の雨、そして油にまみれて彷徨う馬などを淡々と描写していきます。「これが本当の湾岸戦争だよ」と言うかのように。
 一人の兵士の視点から戦争を描くことにより、戦争の狂気や愚劣さを伝えるという手法は、「西部戦線異状なし」(ルイス・マイルストン監督 レマルク原作)と同じなのですが、何かが違う… そう、敵兵の姿が見えないのですね。圧倒的なハイテク兵器で敵の主力部隊を壊滅させ、歩兵が掃蕩を行うという、現在アメリカ政府が行っている非対象戦争(最少の被害で、一方的に敵にダメージを与えられる戦争)の姿がよくわかりました。選挙対策+科学技術の進歩+軍需産業の要請の結果だと思いますが、アメリカ政府が気軽に武力行使をするようになった理由の一つは確実にここにあるでしょう。
 印象的なシーンは、主人公が管制塔にいるイラク軍将校を狙撃しようとした時に、上官によって中止を命じられます。そして二機のジェット戦闘機が、たった二人のイラク軍将校を殺すために、雨あられとロケット弾をぶちまけていきます。これってほとんど「在庫一掃セール」ですね。高価なハイテク兵器を消費するための戦争という一面を忘れてはいけないと思います。
 もう一つ。戦意高揚のため訓練中に「地獄の黙示録」の有名な一場面、「ワルキューレの騎行」を大音量で流しながらヘリコプター舞台がベトナムの農村を攻撃するシーンを見せられた兵士が、興奮し口々に「やっちまえ」と叫びながら画面に見入るシーンも衝撃でした。(偉そうなことは言えませんが)ベトナム戦争について全然反省をしていないのですね。荒川静香選手には、次の大会で「ワルキューレの騎行」を選曲し、アメリカ軍の蛮行とそれに殺された膨大な一般市民の悲劇をスケーティングで表現する演技を期待したいのですが、いかが。彼女なら出来ると思いますが。
by sabasaba13 | 2006-03-03 06:03 | 映画 | Comments(0)
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