「人間の安全保障」

 「人間の安全保障」(アマルティア・セン 集英社新書0328A)読了。著者はアジアではじめてのノーベル経済学賞受賞者で、緒方貞子氏とともに国連の「人間の安全保障委員会」の議長を務めておられます。本書は、人間の安全保障、グローバリゼーション、インドの核武装、人権、そして持続可能な発展についての小論集、たいへん充実した内容です。
 <人間の安全保障>という言葉は聞いたことはあるのですが、詳しくは知りませんでした。普通、安全保障という言葉は、国家を強固かつ安泰にするという意味で使われ、そこで暮らす人々の安全には間接的にしかかかわりません。いや、個々人を犠牲にして国家権力の安泰を維持するケースさえ多いです。これは近代日本の歴史や、日本の現状を見ただけで一目瞭然。というわけで、国家ではなく、個々の人間の生活にしっかりと重点をおく立場をあらわしています。そしてこれまで国連で指標として使われてきた<人間的発展>という考え方が発展と拡大に主眼をおいた上昇志向が強い楽観的なものであるのに対して、<人間の安全保障>は不利益をこうむる危険から人びとを守り、エンパワーメント(自己決定能力。必要なものを入手し利用できる法的・社会的・経済的パワーを含む能力や資格をそなえること)を求めるものです。病気や社会の害悪(ex.戦争)や不況などにより、生活を脅かされ、安全と安心を奪われ、人間としての尊厳を危うくされる危険から、いかにして無防備な個々人を守るかということですね。納得。こう考えると、地球のどこかの話ではなく、今日本で暮らすわれわれにとっても重要な概念であることがわかります。人間としての尊厳が脅かされる事態(過労死・サービス残業・失業・非公式のいやがらせ…)に満ち満ちているのが日本の現状です。
 そしてこうした事態を改善するために、著者が主張するのが<公共の論理>をともなった民主主義の重要性です。選挙制度さえ整っていれば、民主主義が完成するという短絡的な考えに、氏は異議を唱えます。以下、引用します。
 確かに、選挙はとても重要な手段ですが、市民社会における議論に効力をもたせる方法の一つにすぎません。しかも、投票する機会とともに、脅かされることなく発言し他の意見をきくことができる機会があれば、のことなのです。占拠のもつ効力も、その影響がおよぶ範囲も、公の場の開かれた議論の機会があるかどうかで決定的に変わります。

 <公共の論理>の理想は、特に注目に値する二つの社会的慣習と密接にかかわっています。それは、異なった見解にたいして寛容であること(および反対意見の許容)と、公の場における議論の奨励(および他者から学ぶ価値を認めること)です。
 <公共の論理>とは、「検閲を受けない自由な討議の場」と定義していいかもしれません。開かれた議論が認められていて、他の社会に関する情報が自由に入手可能で、確立された見解に対して何の抑圧も不安もなく異議が唱えられ弁護ができて、はじめて選挙が機能し、民主主義も確立されるということですね。そうすれば、個々人を脅かすような事態を放置する政府は、即刻求められます。「甘い!」と言う人もいるかもしれませんが、こうした<公共の論理>がしっかりと根付いてる国ってどのくらいあるのですかね。少なくとも日本には根付いていない(よって真っ当な民主制とは言えない)と断言できます。議論の基礎となる情報をメディアがきちんと報道していますか? あるいは天皇制や北朝鮮問題についてオープンな議論をすることが可能ですか? (私は天皇制民営化を主張したいのですが、それを公に発言する勇気はありません。私の安全と安心が脅かされるからです) まずはしっかりとした民主制を世界中で確立することが喫緊の課題だと思います。

 論点は多肢にわたるので、とてもすべてに触れることはできません。一つだけ紹介したいのが、以下の事実です。長文ですが引用します。
 (極端な惨状と慢性的な困窮状態を引き起こしている原因の一つは)小型武器と兵器のグローバル化した取引に大国が関与している問題です。これは世界的な取り組みが緊急に求められている分野であり、テロ阻止の必要性…以上に急を要するものです。特に貧困国の経済的な見通しに、破壊的な結果をもたらす局地的な戦争や軍事紛争は、…世界的な武器取引によっても誘発されます。世界の権力機構はこのビジネスにどっぷり浸かりきっています。国連安全保障理事会の五常任理事国は、1996年から2000年にかけての世界の武器輸出のうちの81%に関与していました。じつは、グローバル化に反対する人びとの「無責任」にたいして深いいらだちを示す世界の指導者たちが、この恐ろしいビジネスで最も稼いでいる国々を率いているのです。…アメリカだけでも、世界の武器総売上の50%近くのシェアがあります。そればかりではなく、アメリカの武器輸出の68%が開発途上国向けでした。
 やれやれ。どうやら先進国首脳は本気でテロをなくす気はないようですね。お客様は神様ですものね、Mr.George Walker Bush。
by sabasaba13 | 2006-03-16 06:06 | | Comments(0)
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