「世界の歴史25 アジアと欧米世界」(加藤祐三・川北稔 中央公論社)を再読しました。
人生が変わった瞬間というほど大袈裟ではないですが、それに近い経験をしたことがあります。2001年9月11日、そう、アメリカで起きた同時多発テロです。今でも鮮明に覚えていますが、その映像をニュースで見た時に呆然とし我を忘れました。何故このような事件が起きたのか? 誰が何のために起こしたのか? 実は理解はおろか想像することすら全くできませんでした。思い知りましたね、私は現代の世界について何も分かっていないのだと。汗顔の至りでした。以後、現代世界を理解するための本を読みまくりました。イスラム、グローバリゼーション、世界システム論、帝国、テロリズムなどなど。その想いは今も変わっていません。今の世界を理解したい。 というわけでこれからもその手の本を読んでいくつもりです。ただしちまちました断片化されたトリビアな歴史は真っ平ごめんなので、インディ・ジョーンズの一場面のようにざっくり近現代史の心臓を抉り出すような本を追い求めています。 この本は、中央公論社による世界通史の新シリーズの一冊です。旧シリーズは素人にも大変読みやすく今でもお気に入りなので、今回のシリーズには期待しました。ほぼ全冊を通読したのですが、微に入り細を穿ちすぎな点が多くて閉口しました。しかあし、本書という珠玉の一冊が上梓されたということで、全てを許しましょう。ひさしぶりに読み返してみて、あらためて感心しました。15世紀から20世紀という長いスパンで、アジアと欧米世界の関係を考えようという豪胆かつ骨太な試みです。 しかも著者は、小難しい専門用語をできるだけ使わず、細心の注意を払いながらも分かりやすく歴史の動きを解き明かしてくれます。この本を元に世界史の教科書をつくれば、下記のようなみじめで貧弱な歴史認識も多少変わるのではないかな。ちなみにこれは、21世紀を目前にしてNHKが日本人成人を対象に調査した「20世紀世界十大ニュース」の結果です。(1999.10.17) 第一位 阪神大震災いやはや呆れて言葉もありません。子供の学力不足も心配ですが、大人の学力不足の方が深刻です。最近日本で起きた衝撃的な事件しか記憶に残らないのですね。これでは未来への展望などもてるわけがありません。まあ携帯電話とファミコンとTVを抱えながら滅亡していけば、人類への良い教訓となるかもしれませんけれど。 ま、それはさておき、とれたての大間崎のホンマグロのように生きのいい記述が満載です。例えば… 中世末以来、西ヨーロッパの人びとは華やかなアジアの物質文明にあこがれ、ふたつの方法でこれを入手しようとしてきた。ひとつは、アジアに進出し、現地の広域交易圏に「参入」したり、アフリカやラテンアメリカを制服・占領して、そこに鉱山やプランテーションをひらいたりする方法である。…これに対してもうひとつの方法は、西ヨーロッパの内部手法で「アジア物産」を模倣してこれを生産する方法、つまり輸入代替の手法である。前者は要するに、近代世界システムの成立と展開を意味し、後者は、「工業化」とよばれてきた現象である。なるほど、大航海時代にアメリカ大陸から砂糖や銀、アジアから香料・綿などの奢侈品をヨーロッパに持ち込むことが可能となり、やがて綿製品を大量生産するために産業革命がはじまる。同時に、こうした金儲けのビッグ・チャンスの障害となる旧体制を倒すために、市民革命もはじまる。二つの革命の関連性がよくわかります。 つまりヨーロッパが強くて豊かであったから、植民地を拡大しやがて世界を制覇したのではないということです。逆に、貧しさの中から、アジア物産への憧れをバネにして、アメリカ大陸への到達と植民地化、そしてアジア物産輸入代替のための工業化をなしとげたのですね。植民地を獲得したから、ヨーロッパは豊かになった。一方、アジアは植民地を必要としないほど豊かであり、大航海への誘因・衝動は小さかった。(鄭和の大航海という例外もありますが) それではヨーロッパは何故に卓越した軍事力をもつにいたったのか? それは中華王朝やオスマン・トルコのような、広域をある程度の平和な状態に保てる統合の中心がなかったからではないのか。同じ程度の力量の小国が分立し、競い合い断続的に戦闘が行われ続けた結果、ヨーロッパでは武器・戦術が格段の進歩をとげたと考えられます。そしてこの小国の分立という状態が、やがて国民国家、人々が国民としての意識をもち国家の強大化のために尽力するという体制を生み出していった。 もちろん、キリスト教の与えた影響や近代科学が生まれた理由といった問題もありますが、ラフ・スケッチとしては大きく外れていないと思います。問題は、この近代世界システムでは、「先進国」が存在するためには「後進国」が必要だという冷厳たる事実ですね。頑張れば先頭走者に追いつけるというマラソンではなく、誰かが利益を得れば必ず誰かが損失をこうむるというゼロサム・ゲームなのです。そして「先進国」が存在し続けるためには、地球環境の破壊と資源の蕩尽が不可欠であるという問題。綻びつつも機能しているこのシステムをどう変えていくのかに、人類の未来がかかっていると思います。テロリズム、貧困、人口問題、環境破壊、イスラム主義の台頭、グローバリゼーションなどを含めて、現代の世界を理解するためにも、お勧めしたい好著です。 ミッテラン元フランス大統領の言葉です。 未来のことを考える人には、未来がある。自国のW杯初出場を、20世紀世界十大ニュースに選ぶような寝惚けた国には、もう未来はないかもしれませ… いやいやあきらめてはいけない。「子どもを救え……」(魯迅 『狂人日記』) ちなみに私が選んだ十大ニュースです。 第一位 第二次世界大戦
by sabasaba13
| 2006-03-24 06:04
| 本
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Comments(6)
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K国
at 2006-03-24 07:55
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そうですね日本とアメリカが戦争した事を知らない子がいますから
今の北朝鮮は60年前の日本だってことを教えとかないと(極端ですが)
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mimishimizu2 at 2006-03-24 09:51
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KawazuKiyoshi at 2006-03-24 10:30
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sabasaba13 at 2006-03-29 07:42
こんにちは。K国さん、mimishimizu2さん、KawazuKiyoshiさん、コメントをありがとうございました。過去や未来の日本、そして世界への関心をもたずに、今現在の日本に日々埋没している方々が増えているような気がして、懸念しています。このままでは確実に世界は破滅の方向に向かってしまいます。地球とそこに生息する全生物のために祈り、かつ何らかの行動を起こさねばと痛感しています。
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PleiadesPaopa
at 2006-03-30 16:37
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「納豆」で先に書き込んでしまいましたが、連休に青森へ桜を追う下調べをしていて貴ブログに巡り会いました。確かな足取りのブログを読んでいるうちにてっきり団塊世代だと思い、団塊真っ只中の私は共感を勝手に感じていましたが、失礼、ずっとお若いのですね。でもトシは別にして勝手にエールを送ります。
それにしても益々、社会の正気が見えなくなりました。「紀子さまご懐妊」をトップで流すその直後に、金正日の世襲を嘲笑う情報産業にかかれば、何でも思いのままの社会になってしまいましたね。コイズミクンのマスコミに依存するだけの政治戦略はファシズムは大衆がつくったというファシズムの成立過程を改めて彷彿とさせます。 残念ながら The road to hell is paved with good intentions. というマルクスの警句は21世紀でもなお有効のようですね。 小熊氏の「民主と愛国」があったのでお節介ですが一つご紹介させてください。大貫恵美子「ねじ曲げられた桜」(岩波)。貴兄には興味ある研究だと思います。
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sabasaba13 at 2006-03-31 08:12
こんにちは。文部科学省なぞが、さかんに「生きる力」と喚きたてておりますが、しょせんこのいかがわしい現状に無批判に盲従して従順に生き延びなさいということなのでしょう。私は「騙されない力・状況を変える力」を身につけたいですね。伊丹万作曰く「だまされるということ自体がすでに一つの悪である。」
本の推薦をありがとうございました。何よりも嬉しいコメントです。さっそく購入してみます。
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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