「イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む」(宮本常一 平凡社ライブラリーOffシリーズ453)読了。みやもとつねいち、この名を聞くと薫風が心を吹くような何ともいえない気持ちになります。民俗学者にして、旅の達人。私がもっとも敬愛し、その後塵を拝したい学者です。下手な解説よりも、彼自身に語ってもらいます。
一般大衆は声をたてがらない。だからいつも見すごされ、見おとされる。しかし見おとしてはいけないのである。記録をもっていないから、また事件がないからといって、平穏無事だったのではない。孜々営々として働き、その爪跡は文字にのこさなくても、集落に、耕地に、港に、樹木に、道に、そのほかあらゆるものにきざみつけられている。何度でも何度でもかみしめたい、私にとって宝物のような言葉です。こうした彼の姿勢に大きな影響を与えたのが、父善十郎と、彼を支援した渋沢敬三だと思います。この二人の言葉も美しいものなので、抄録します。 先をいそぐことはない、あとからゆっくりついていけ、それでも人の見のこしたことは 多く、やらねばならぬ仕事が一番多い。その彼がイザベラ・バードの『日本奥地紀行』を紹介してくれるのですから、面白くないわけがありません。彼女も大旅行家で、19世紀を生きたイギリス人、旅をした地はアメリカ、オーストラリア、ハワイ、マレー半島、インド、西チベット、朝鮮、中国と生涯を旅に暮らした方です。その彼女が1878(明治11)年の夏に来日し、東国と北海道を旅した時の様子を妹への手紙で伝えたのが「日本奥地紀行」(平凡社ライブラリー 329)です。この時期の日本を異国の女性が一人旅をするということも凄いとおもいますが、その彼女が異文化をもつ日本人に対して愛情深く接している姿も感動的です。よってその描写も偏見にとらわれず客観的なものがほとんどで、そこから著者の民俗学的知識や直観を駆使して、当時の庶民の暮らしを再現しようとしたのが本書です。 例えば、蚤に悩まされたという記述から、かつての日本にいかに虫が多かったかという話になり、特に夏場には蚤に刺されて寝不足となり仕事に支障をきたすため、その眠気をながすための祭りが「ねぶた・ねぷた」の濫觴であろうと推測します。また按摩の笛に関する記述から、東北にはハタハタ・鰊といった一時的に大量に捕獲できる魚が来るので、そこに漁師や商人が大勢集まり、それにつられて遊女もやってくる、その際の淋菌が失明の原因であろうという話になり、さらに津軽三味線へと話題は広がっていきます。何気ない一文にも真摯に注意深く耳を傾け、知識と想像力を総動員して、民衆の暮らしや文化に迫ろうとするその姿勢にはほんとに頭が下がります。一番心に残ったのが、次の文章です。 とにかく一人の外国人が日本を見たその目は、日本人が見たよりわれわれに気付かせてくれることが多く、今われわれの持っている欠点や習俗は、その頃に根をおろし、知らないうちにわれわれの生活を支配していることもよくわかるのです。われわれも旅をして「なるほどそのとおりだ、気がつかなかった」と思わせるようなものを書ける目を持ちたいと思うのです。彼の目はしっかりと未来にむけられているのですね。われわれの生活を支配する欠点の根っこを見つける旅… そうした目をもち、それを人に伝える文を書けるようになった時、私も散歩の達人になれるのかな。見果てぬ夢でしょうが、宮本常一の教えを胸にこれからもいっしょに歩き続けていきたいと思います。同行二人。 耳寄り情報。p.103に「この大内という宿場は、今も昔の姿を比較的残していて、草葺きの家がずらりと並んでいて、日本で昔の面影を残している唯一の宿場ではないかと思います。」とあります。会津若松の近くにある大内宿ですね、うしっ、いつの日にか必ずや行ってみましょう。 そして追記。飛鳥山公園にある渋沢史料館には、渋沢敬三に関する資料と、彼に宛てた宮本常一の書簡が展示されていました。
by sabasaba13
| 2006-03-25 05:18
| 本
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Comments(2)
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mimishimizu2 at 2006-03-25 08:24
この女性のことは以前NHKのテレビで放送していました。それまでまったくバードのことなど知らなかったのでとても衝撃をうけたものです。明治期にそんな女性がいたというだけで尊敬してしまいます。
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sabasaba13 at 2006-03-29 07:55
こんにちは。異文化を蔑視せず、学ぶべきところは学び、教えるべきところは教える、そしてそれを強要しない。彼女のそうした態度にはいたく感銘を受けました。特にアイヌとの接し方には心を動かされます。われわれにも、アイヌ文化から学ぶべき点が多々あると思います。
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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