「中世とは何か」

 「中世とは何か」(J・ル=ゴフ 藤原書店)読了。著者はヨーロッパ中世史の研究者で、歴史学雑誌「アナール(年報)」の編集委員です。いわゆるアナール学派の現在の中心人物です。アナール学派とは、新しい歴史学を求めて、この雑誌に集った研究者がはじめた運動です。その精神は「生きた歴史学」であり、すべての事象をつねに全体的な連関のうちにとらえること、過去をつねに現在との対話のうちにとらえることによって、過去に生きた人間全体をよみがえらせようとすることです。従来の歴史学の領域を越えて、気候、死、医学、病気、恐れ、子供、家族、性愛、父性、女性、魔女、周縁性、狂気、夢、におい、書物、民衆文化、祭りなどさまざまな視点からマンタリテ(心性、物の考え方、精神構造)の研究をすすめてきました。(小学館スーパーニッポニカより) マルク・ブロックやリュシアン・フェーブルらがきっかけをつくり、その後フェルナン・ブローデル(『地中海』)やフィリップ・アリエス(『子供の誕生』)といった優れた歴史学者を輩出しています。社会史と呼ばれることもありますね。
 著者は、ヨーロッパ文明がじょじょに形成された一千年以上の歴史(西ローマ帝国の滅亡~産業革命)を、長い中世と考えています。そしてキリスト教、商人、銀行家、知識人をキーワードとして、その歴史を平易な口調で語りかけてくれます。インタビュー形式によるものなので、著者の息吹きと、ヨーロッパ文明に対する敬意や誇りを生き生きと感じられます。カロリング朝ルネッサンスと12世紀ルネッサンスとイタリア・ルネッサンスという三つの「再生」の存在を主張している部分は、私のガチガチとなっている固定観念を打ち破ってくれました。暗黒の中世→ルネッサンス→近代ヨーロッパという図式は、あまりにも単純で杜撰でした、自省自省。
 そしてヨーロッパ文明形成に欠くことができないのが「他者」の存在です。以下、長文ですが引用します。
 西洋中世は計画的に作られたものではありません。ギリシア・ローマの慣例と「蛮族」のそれとが少しずつ混じり合って生まれた文化変容の結果です。実際北アフリカをも含んでいた西ローマ帝国を「ヨーロッパ」になるように条件づけていたものなど、もともと何もなかったのです。スペインにおけるイスラム侵攻(8世紀)からオスマン=トルコのバルカン半島での覇権(14世紀)にいたるまで、西洋は地政学的実体としての自覚を自発的に抱いたのではありません。西洋の組織化は、敵として認識される世界と対立する自らの存在を自覚することによってはじめて可能となるのです。
 EUは一朝一夕でできたものではないことがわかります。本主全体を通読して感じるのは、犯した数多の過ち(十字軍、異端審問、植民地化)を認め反省しながらも、ヨーロッパ文明への信頼を失わない著者の姿勢です。この辺は少し羨ましいですね。
 そうしてみると、19世紀以降、欧米列強という強力無比な敵と対峙した東アジアが、一体であるという自覚をもてなかったことが不思議です。キリスト教のような共通の宗教的基盤がなかったといえばそれまでですが。わたしたちが考えねばならないことは、これから東アジア共同体をいかにして築くかでしょう。平和への攪乱要因であるアメリカの軍事的プレゼンスをなくし、マッド・マネーの跋扈を防ぐために必要不可欠だと思います。もちろん、非人間的な北朝鮮の政治体制、過去を直視しない日本の歴史認識、中国と台湾の軋轢等々、解決すべき問題は山積していますが、不可能だと思ったら不可能になってしまいます。南原繁の言葉をかみしめたいと思います。
現実と理想を融合させるために、英知と努力を傾けるのが政治家の任務である。
 私のアジア史に関する知識は壊滅的に欠落しているので、今年は本気で学んでみるつもり。古本屋で「アジアのなかの日本史 Ⅰ~Ⅵ」(荒野泰典・石井正敏・村井章介編 東京大学出版会)を買い込みました。
by sabasaba13 | 2006-04-09 07:27 | | Comments(2)
Commented by K国 at 2006-04-10 17:30 x
日本も日露戦争の頃までは軍人もアジアの事を考えて行動し
敵でも人物なら戦争が終われば尊敬した、武士道と広い視野があったのでしょう、ロシアに勝った(本当は負けに等しいのだが)ことにより
有頂天になり図に乗った、乗せたマスコミにも責任は大きい
優秀な軍人は潔く引いてしまい、往生際の悪い連中が残ったのが日本の
過ち、格好だけの軍隊になってしまった
神風が吹くとか、機関銃に対して一発づつ魂を込めて撃てなど
ノモンハンでボロ負けしても隠し通す、そのまま太平洋戦争まで行ってしまう、その頃の政治家より今のほうがまだ程度が悪いかも
昔はまだ命をかけて政治をしていた、今は何人かけてるか、その覚悟があるのだろうか
北朝鮮の瀬戸際の命がけで来てる連中と、及び腰で話し合いしてれば
舐められてしまう
親日の台湾をもっと大切にしなければ、中国に対しても金だけ取られて
悪口言われてる情けなさ、選挙をもっと人物で入れられるシステムにしないと、マイクでガナリタテテル選挙してる間は難しいかも
Commented by sabasaba13 at 2006-04-10 20:47
 こんばんは。「文明国」として認められるため(朝鮮・中国の一般市民に対しては別として)かなり厳格にロシア兵に対する戦時法規を遵守したことを割り引いても、日露戦争時の軍人は後年にくらべればまともであったと思います。戦前の政治家が政治に命をかけていたかどうかについては、判断を保留します。正直に言って、浜口雄幸ぐらいしか思い浮かびません。
 それはさておき、現今の政治家・官僚諸氏の、現実と理想を融合させるための英知と努力の決定的な欠如には眼を覆いたくなります。私の理想は、すべてのアジア諸国との信頼関係の構築なのですが、彼らはそんなことは寸毫も考えていないようですね。ま、日本とアジア諸国の関係が冷え切るのがアメリカにとって都合がよい状態であることはわかりますけれど。
<< 桐生・湯西川温泉編(1):桐生... 「NANA」 >>