「空からの民俗学」

 「空からの民俗学」(宮本常一 岩波現代文庫S33)読了。「イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む」の後書きで知った本です。氏へのオマージュは、すでに書きましたので省略。航空写真や何の変哲もない一枚の写真から、名もない人々の暮らしの過去・現在・未来を読み解くという内容です。航空写真についての文は、ぬぅわんとANAの機内誌「翼の王国」に連載されたものです。全日空の識見を評価しますね。「沈まぬ太陽」を連載した新潮社への陰湿な嫌がらせをした日本航空とは大違い。何気ない写真についての文は、氏が所長をされていた日本観光文化研究所発行の雑誌「あるくみるきく」に連載されていたもの。JTBが発行している「るるぶ」(“たべる・ふとる・でぶ”の略でしたっけ?)と似た名前ですが、中身ははるかに濃そうですね、今でも入手できるのかな。
 閑話休題。駅前旅館が果たした地域産業や文化への貢献を思い、畑の形から使われた農具を推測し、洗濯物の写真から自製の下着が減り商業資本によって流行が左右されるようになったと憂い、漁船の大きさが一定している光景からバランスのとれた暮らしを想像する。どんなものでもよく見つめれば、より良い暮らしを求めた庶民の営為が読み取れるという著者の暖かい眼差しに時を忘れてしまいます。二つほど心に残った文を引用します。
 岡山県美作市は作州鎌の産地だが、そこからも古風な鎌がわれわれの故郷へ送られて来ている。それは作州鎌でなければならないという百姓が何人もいるからである。広い世の中の片隅で仕事をしており、何のかざり気もない生活をしているのだが、けっして孤独ではない。多くの人、それもほとんど生涯顔をあわすことのない人びととの間に強い絆があって結ばれて仕事をしているのである。

 土埃のたつ田舎道をあるいていて、里が近づくとかならず聞えてくるのが鍛冶屋の金槌の音である。カン高い音が静かな空気をふるわせて聞えて来ると、「あ、この村もみな元気にいそがしく、しかしのんびりと生きているな」と何となく思って、その里になつかしみをおぼえた。
 いい文章だなあ… 彼の心にある良きものが伝わってきます。かざり気がない、強い絆、仕事、元気にいそがしい、のんびり、今まさに市場原理によって地球上から抹殺されようとしてる価値の数々。
 彼の教え子である香月洋一郎氏の解説もしみじみとした一文です。印象的なエピソードを二つ。著者の子息から手紙が来て、山口県周防大島を訪れ父常一の昔の事を聞く人が増えてきたが「でも僕の知っている『宮本常一』は未来のことしか語らなかった。」と記されていたそうです。もう一つは永六輔による追悼文。彼は宮本常一からこう頼まれたそうです。「役所や企業からの講演依頼は断ってほしい。何の何兵衛(普通の市民)からの依頼を最優先してほしい。何故かというと、それは役所が怖がることだからだ。つまり役所が呼べなかった人が、市民が呼ぶと来るということを役所に見せておかないといけない。」 象牙の塔に籠もった民俗学者ではない、過去を考究し、常に現在と未来に目を向け、具体的な戦略を考え抜き、そして何よりも庶民のより良い暮らしを欣求し続けた方です。取材中の氏の写真です、その暖かい目…
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by sabasaba13 | 2006-04-24 06:06 | | Comments(0)
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