「ラテン・アメリカは警告する」

 「ラテン・アメリカは警告する」(内橋克人・佐野誠編 新評論)読了。とてつもなく深刻で先行きが見えない不況と経済の混迷が続いています。しかし摩訶不思議なことに、何故こうなったのか、誰に責任があるのか、そして今後どうすればよいのかについて、公的な論議が全くされていないことです。まるで意図的にその原因を隠蔽しているような気さえします。経済評論家の内橋氏と、ラテン・アメリカ研究者諸氏が協力して、この問題に真っ向から力強く立ち向かったのが本書。この経済混迷の原因は、市場原理を過信した自由化・規制緩和策つまり新自由主義的政策(小泉軍曹言うところの「構造改革」とほぼ同義。内橋氏曰く「一周遅れの新自由主義」)にあるというのが、中心となる主張です。なぜラテン・アメリカかと言いますと、実はこの新自由主義的政策がすでに1980年代のラテン・アメリカで実施され、今の日本と同様の混迷・腐敗・病理を引き起こしたという事実があるからです。そこから教訓を得るとともに、ラテン・アメリカの人々がどのようにこの悪魔のような政策と闘ってきたか/闘っているかについても学ぼうというのが、本書の主眼です。
 まずあらためて新自由主義経済政策とはどういうものか。石油ショックによって福祉国家が立ち行かなくなり、ソ連経済の崩壊により社会主義国家の魅力が失われそれに対抗するための福祉政策を打ち出す必要もなくなった結果、レーガン、サッチャー、中曽根政権などが採用した政策です。本書にある下記の定義が当を得ていますね。
 新自由主義経済政策とは何か。各種の産業・企業への補助金や地域開発、インフラ整備、研究開発などの国家資金の支出(大部分は大企業の利益となる)がなくなったり減少するわけでは全くない(教育・福祉・保健・医療などの社会的支出は間違いなく削減されるが)。要するにその中身は、私的利潤を稼ぐ企業活動を妨げるような規制は撤廃してもらいたいが、そうした活動を援助するような公的資金の支出はどんどん遂行してもらいたいということに過ぎないのである。しかし、主流経済学者ははっきりそうとは言わず、あたかも、規制緩和や自由化をすれば、経済活動が「市場の自由」にまかされ、「小さな政府」がもたらされるかのごとく主張している。
 簡単にいうと、大企業・グローバル企業が儲ければ、その余得で一般民衆も潤う(均霑=トリクル・ダウン)だろうという論理です。もちろんそれは単なる神話にすぎず、実際には企業が利益を独占し、民衆はその恩恵にあずかれず様々な形での「貧困」を強いられるのが現実です。私たちが今、骨の髄まで味わっていることです。そして一足早く「構造調整」と称してIMFなどからこの政策を押しつけられたのが、経済破綻に苦しんでいたラテン・アメリカ諸国なのです。グローバル企業が荒稼ぎできる環境・条件を用意しないと、金を貸さないということです。その経過や結果、人々の対抗措置の詳細についてはぜひ本書をお読みください。その禍々しい事実について、その一周後を追いかけているわれわれは知るべきだと思います。一言でいえば、経済(企業)が栄えて、社会が衰退・分裂・不安定化するということです。そして新自由主義に対抗するために、本書は人間中心主義を掲げます。以下引用です。
 「人間中心主義」とは、「良き生(well-being)」の実現を自由と社会的公正の拡大のもとで最優先するという立場、そして自由と社会的公正は個々人同士の能動的な協同関係なくしては実現しえないとする立場。そしてそのために必要なシステムが、経済と社会との調整を図る「市民社会」の参加であり、それは、国家と市場と市民社会との間に新たな「ガバナンス」の関係をつくることでもある。…しかもこうした「市民社会」が参加する「協治」は、まずは、そこで現実に生きている各個人がよく見える小さな単位(地域共同体など)の中でこそ有効に働くであろう。
 国家と企業の暴走を食い止めるために、地域社会やNGOなど小さな市民組織が手を取り合って社会的公正を実現していこうという提言ですね。さしあたって喫緊の課題は、公正な価格(フェア・プライス)と、それに基づいた公正な取引(フェア・トレード)を実現することでしょう。
 というわけで、現在の世界について優れた鳥瞰図を示してくれる好著でした。日本の現状を理解する上でも教えてもらうことが大です。企業の利益を優先し、そのために福祉を切り捨てて労働者の権利を蹂躙(フリーター・ニート・パートへの経済的虐待)する自民党(+公明党)と官僚・財界。貧富の差の拡大による社会の分裂・不安定化に対しては、愛国心と北朝鮮への敵意・憎悪を煽ることによって、問題の所在から目を背けさせ綻びを繕い見掛けだけの一体感をつくろうとする。さらに私たちが連帯をしないように、「弱者」を排除するための競争を激化させ、テロや不審者への不安・恐怖を必要以上に煽って孤立させる。長時間労働やサービス残業も、私たちが市民組織に参加するための時間や余裕を奪うという点できわめて有効です。
 問題なのは、こうしたことを承知の上で小泉軍曹の「構造改革=新自由主義」路線を支持しているのかどうかです。私の勘では全く理解していない人が大多数ではないかな。「他の人より何となく良さそうだし、"改革"だから少しは良くなるんじゃない」程度の理由で支持しているのでは。だとしたら、私たち日本人のpolicy intellectual(政治知性)は壊滅的に欠落しています。やはり大人の学力不足は深刻ですね。
 というわけで、新自由主義とそれがもたらした災禍を把握するために必須の一冊、お薦めです。

 追記。本書(p.201)によると、2002年5月、郵政民営化のお手本としたニュージーランドに外遊した小泉軍曹が、クラーク首相に持論を披露したところ、「国営の方がしっかりしたサービスをしている」と応じられたそうです。(日本経済新聞2002.5.3) ま、新自由主義路線の一環として、郵政事業や郵便貯金を企業の草刈場にするための改革ですから、サービスなぞ眼中にないのでしょう。それにしても、メディア諸氏、これはもっと警鐘を鳴らすべき大事件だったのではないですか。
by sabasaba13 | 2006-05-15 06:03 | | Comments(0)
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