ヴォツェック

 先日の雨の日曜日、ひさびさに自宅でオペラを聴く肉体的・精神的ゆとりをもつことができました。とりいだしましたのはかなり前に購入して以来一度も聴いていないアルバン・ベルク作の「ヴォツェック」です。アバド指揮、演奏はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。日本盤なのに歌詞の対訳がついていないというせこさ! やむをえず音楽之友社名作オペラ・ブックス26を購入し、読みながらの鑑賞です。
 初演は1925年ベルリンです。主人公は貧しい兵士のヴォツェック、彼には内縁の妻マリーと私生児の子どもがいます。ある医者の生体実験台となって小銭を稼いでいるヴォツェックは精神に錯乱をきたしてきます。妻マリーはそんな彼に愛想をつかし鼓手長との浮気に走りますが、彼に気づかれてしまいます。姦通の罪を悔い、神に祈るマリー。しかし正気を失っているヴォツェックは彼女をナイフで刺し殺し、ナイフを探そうとして沼で溺れ死んでしまいます。その知らせを告げられても意味が分からず、木馬に乗って無邪気に遊ぶマリーとヴォツェックの子ども。

 こうした書いているだけでも、陰惨な救いのない話です。第一次大戦が影を落としているのは間違いないでしょう。そして人類の未来をも見通しているような気がします。金のために狂気に陥る人類、そしてどんなに祈っても神は応えてくれない、いや神はいない。飽くなき利潤追求のために、その障害となる神はすでに人間によって殺されてしまったのですから。ウォホホーイ、フホホーイという叫びは、もう誰にも届かず虚空に空しく響くだけかもしれません。ヴォツェックの科白です。
 人間は深い淵だ。目がまわるようだ、その底をのぞくと… 目がまわる…
 いったい彼には何が見えたのでしょうか。子どもたちに見せてはいけない光景だったのかもしれません。ここでも「子どもを救え」という魯迅のメッセージが木霊しています。(「狂人日記」より)
 この凄絶な曲をあっという間に聴き通すことができたのは、ひとえにベルクの作った音楽の力によります。基本的に無調なのですが、現代曲によくある神経を紙やすりでこするような響きではなく、緊張感のある和声とメロディには何の違和感もなく魅せられました。そして要所要所での爆発するような劇的な盛り上がり。上演される機会があったら、ぜひ見に行きたいオペラの一つです。演出にもさまざまな工夫ができそうですね。イラクに駐留し精神を蝕まれていくアメリカ兵を主人公にするとか。
by sabasaba13 | 2006-06-21 18:48 | 音楽 | Comments(0)
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