「歴史としての戦後日本」

 「歴史としての戦後日本(上・下)」(アンドルー・ゴードン編 みすず書房)読了。
 ロベスピエールを称える人も、憎む人も後生だからお願いだ。ロベスピエールとは何者であったのか、それだけを言ってくれたまえ。
                     ~マルク・ブロック 『歴史のための弁明』より~
 今の日本の状況については、絶望はしていませんが、かなり深刻な不安と苛立ちを感じています。「美しい国」をめざすなどとわけのわからない事を言い出す人物が次期首相になって憲法と教育基本法をぐちゃぐちゃに変えそうだし、マス・メディアもきちんと追及や批判をしないし、何と言っても有権者の政治的無関心も病膏肓に入っているようだし。このいかがわしい現状を理解し分析しより良い方向への指針を見出すには、やはり歴史を振り返るしかないと思います。特に戦後史についての知見が必要ですね。しかし、これまで戦後史関連の本を何冊か読んだのですが、あまり納得のいくものではありませんでした。同時代を生きてきたことによるのでしょうか、著者の感情や思い入れが気になるのですね。賛美・擁護か嫌悪・批判のどちらかの匂いが微かに、あるいは露骨に感じられます。(前者が多いようですが) できるだけ公平かつ客観的な戦後史を読みたいなと思っていた矢先に出合ったのが、ジョン・ダワー氏の「敗北を抱きしめて」(岩波書店)でした。そして彼を含めた9人のアメリカ人研究者による戦後日本史に関する論考を集成したのが、本書です。いずれも政治的立場や感情にとらわれず、できうる限り戦後の日本を客観的に分析しようとする姿勢がうかがわれます。論点とされた対象も、対米関係、経済政策、社会契約、社会的弱者、労働環境、知識人など多岐にわたります。中でも、アメリカを中心とした戦後世界システムにおける日本の位置を考察した、ブルース・カミングス氏の論文は大変興味深いものです。アメリカ産業界の利益ために日本を第二級の工業国としてよみがえらせ、そのために必要とあらばかつて日本の支配下にあった朝鮮半島・中国東北部(満州)・東南アジアを再び自由にすることをアメリカ政府は認めようとしたという指摘には唸ってしまいました。これが現実的な政治というものなのですね。さらに資源などの輸入を統制することによって、日本を遠隔操作すべきだというジョージ・ケナンの意見もはじめて知りました。なるほど、われわれを緩慢な死に追い込んでいる原子力発電を推進する官僚と自民党政治家の立場もこれで理解できます。ウランや原子力技術を通して日本をコントロールしようとするアメリカ政府の意向に忠実に従順に従っているわけだ。さらに氏は、アメリカ政府が怖れているのは、日本が従属的立場にあきたらず、近隣アジア諸国の結集をめざすオプションを提起することだと指摘されています。これも納得。中国や北朝鮮への感情的なバッシングや、小泉軍曹の靖国参拝も、アメリカ政府の意向を受けたものなのでしょうか。
 今の日本を考察する上で、多くの知見を得ることができました。著者およびみすず書房に感謝したいと思います。今後期待したいのは、バブル崩壊、そして9.11以後の日本の分析です。日本人の歴史学者も頑張れ!
 最後に一つ。なぜ高度経済成長(私は成長したのは“経済”だけだと思いますので、高度成長という語は使いたくありません)が可能になったのかについての、フランク・アパム氏の指摘を紹介します。これはわれわれが絶対に知っておかなければならない歴史的事実でしょう。
 戦後日本の経済成長にたいして女性の果たした大きさを理解するためには、高度の経済分析は必要ではない。歴史的に彼女たちの賃金は、男性の平均賃金の半分以下、その比率は7,80年代をつうじて確実に低下した。…日本の典型的サラリーマンの長時間労働と企業への忠誠心は、夫と同様に勤勉で献身的であり、子育てから家計にいたる家庭生活のすべての面を事実上管理する妻がいるかぎり可能だったのである。高い教育水準の達成と、戦後の社会福祉に費やした費用の水準の低さとは、少なくとも家庭にあって子どもを教育し、老人や弱者の介護をした女性の存在に負うところが大きかった。
 安倍伍長がめざす教育改革の狙いは、個人の利益よりも国家(官僚と政治家と財界)の利益を上位に置く“愛国心”の刷り込みと、夫のために献身的に尽くし低賃金で文句も言わずに働く女性の再生産なのかもしれませんね。なお真偽については判断しかねますが、伍長は女性に人気があるそうです。嘘だと言ってよ、ジョー!
by sabasaba13 | 2006-09-06 06:14 | | Comments(2)
Commented by magic-days at 2006-09-08 08:10
フランク・アバム氏の御指摘、正に正にですね!
私は戦後直ぐの生まれで、母に負ぶされ、姉に手を引かれ
社会の片隅から戦後の変遷を肌で感じながら育って来ました。
戦後の母親達は強かったです。
家族のため子供のためと思う心が何と強い物か!
思い知らされながらも、私には真似が出来ません。
あの時代背景があったればこそなのでしょうか?
因みに私は小泉軍曹も安倍伍長も嫌いです。

リンク有り難うございます。
Commented by sabasaba13 at 2006-09-08 22:22
 こんばんは。家庭を犠牲にし女性の就業機会を奪いながら会社に全てを捧げた男性たちと、パートタイマーとして家計を補助しながら家事と子どもに全てを捧げた女性たちが協力して成し遂げたのが高度経済だけ成長だと思います。正直に言ってかなりいかがわしい社会です。そのいかがわしさに堪える強さを男性も女性も持っていたことは認めますが、社会をより良く変えていく強さには欠けていたのではないでしょうか。もちろんこれはわれわれの課題でもあります。安倍伍長との戦いがいよいよ始まりますね。
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