「国家とはなにか」

 「国家とはなにか」(萱野稔人 以文社)読了。「国家の品格」という本が売れているそうです。書名は強烈な皮肉と嫌味なのかと思いきや、中身を少し立ち読みしたところ本気で日本という国家に品格をもてと激をとばしているようです。そしてそれを可能にする、日本の素晴らしい文化と伝統の礼賛… いやはや国家というリバイアサンに高い品格を求めるなんて、信じられません。そしてその本がベストセラーになることも。現在の日本人の品格の程度を象徴する一事だと思います。しかし国家に品格を求めるのは愚の骨頂だと批判するためには、もっと精緻な考察が必要です。そして出合ったのが本書。新進気鋭の学者が、この問題に真っ向から取り組んでいます。前半は国家を存在させ活動させるロジックを、後半は国家が現在のようなあり方になってきた歴史的なメカニズムを考察しています。ずばり、国家とは何か。ホッブズやウェーバーやフーコーなど先学の仕事に目配りをしながら、著者はこう定義しています。
 暴力によって富を我有化し、そしてその我有化した富を利用しながら暴力を蓄積するという循環運動…を通じて国家は出現する。国家とは、富を我有化をするために、そして我有化した富をつかって、暴力を組織化する運動体にほかならない。
 合点合点合点。富と暴力を独占し続けようとする運動体が国家、これは歴史を分析する道具としてきわめて有効な定義だと思います。正義とか民族とか文化とか曖昧な言葉で国家を語るよりも、暴力と富の独占という視点で歴史を振り返り、未来を見据えた方が建設的です。ここには品格などという言葉が入り込む余地はありません。
 そして一歴史学徒としては、後半部分にたいへん興味をひかれました。暴力が分散されていた封建制、暴力が君主に独占された絶対王政、そして暴力の主体が住民全体へと移行した国民国家。国民国家では暴力は住民に対して行使されるものから、住民のために行使されるものへと変化します。その守られるべき住民とは何者か、それをあぶりだすために文化や規範を共有しない人々を析出してさまざまな暴力を向ける対象とする。著者はここにナショナリズムを生み出し動かすエネルギーを見ています。そして国家は資本主義と相互依存するようになり、資本のための便宜をはかるとともに、収入を増やしてより暴力を強化していく。同時に良質の労働力と国内市場を確保するとともに、社会主義国に対抗するために住民を保護する傾向がやがて強くなっていく。いわゆる福祉国家ですね。
 本書の白眉は最後の部分です。それでは今、国家はどのようなものになっているのか。社会主義体制が崩壊して住民を懐柔する必要がなくなり、テクノロジーの発展で資本が領土を越えてかけめぐり、世界規模で利潤を得られるようになった結果、国家は明らかに変質しました。
 それにともない、領土内の住民全体を質の良い労働者へと育成する契機も縮小している。領土内では労働者をつかう場所は減り、他方で労働市場の国際化はますます進んでいる。国家にとって、労働力が蓄積される仕方を領土内で均質化することは、見返りの少ない非効率的な作業となりつつあるのだ。…国家は、住民全体の生存の「面倒をみる」ような役割を放棄または喪失していく。
 当然、住民と国家の行為主体(エージェント)との間には亀裂が生じるはずです。それを隠蔽するために、彼らは文化的なシンボルや道徳的な価値を呼び起こし/作り出して国民国家を維持しようとする。うすうす感じてはいましたが、著者ははっきりと断じてくれました。自民党・官僚・財界にとって、われわれはもはや面倒をみる対象ではない。苛立たしいのは、その事を感じている人があまりいないということ。そして責任放棄と亀裂を隠蔽するための宣伝に、多くの人が気持ちよさそうに乗っかっているということです。「国家の品格」が売れ、安倍伍長の「美しい国」発言を無批判に受け入れ、そして天皇家跡継ぎの誕生に歓声をあげる。みんなで「王様は裸だ!」と言うだけで、少しは事態は良くなると思うのですが。ま、それはともかく知的な刺激を目一杯いただきました。著者のような若手の優れた研究者たちがいるということは、大きな救いです。あとはわれわれが彼らのメッセージをきちんと受け取って考えることですね。

 なお本書の存在をコメントでご教示してくれたPleiades Papaさんには感謝します。ほんとうにありがとうございました。人と人の結びつきは多種多様ですが、良書を紹介しあうという関係は最も嬉しいものです。
by sabasaba13 | 2006-09-16 06:05 | | Comments(6)
Commented by syunpo at 2006-09-16 19:34
良書に出会うのもまた、その人の「才能」の一つだと思っています。sabasaba13さんの日頃の言動が、この良書に引き合わせてくれたのでしょう。
私も『国家とはなにか』を読み、大いなる知的刺激をえました。柄谷行人が書評で賞賛していたので、すぐに読んだのです。
「暴力」としての絶えざる運動体として国家をみる視点は、私たちが国家を考察していく場合に、大変「建設的」だと私も考えます。
Commented by magic-days at 2006-09-17 08:17
こちらでも9・11の日に思い思いの書き込みが入り
私自身も考えがまとまらずもやもやして居りましたら、
良い具合にこちらに回答が更新していましたので、
家のブログの方々に答え代わりに読んで頂きたくて
トラバしました。御報告後先になりました。
申し訳ありませんでした。
Commented by Pleiades Papa at 2006-09-17 20:57 x
こんばんは。お薦めした本がこのように評価していただくと、著者に成り代わって(勝手に)お礼申し上げたくなるのも奇妙なことではありますが、その気分はご理解いただけると思います。
小生の方も「歴史としての戦後日本」を手に入れました。読むべきものがドンドコ溜まって「日暮れて途遠し」の心境しきりですが、それでも酒をカッ喰らいながら未だ少し現役を続けるつもりです。
文末のお言葉で、調子に乗って最近の一冊です(お済みの可能性大ですが)。「靖国問題の原点」(三土修平・日本評論社)。
靖国問題は高橋哲哉氏の著作で「決まり」かと思っていましたが、本書は「言葉」が相手に届くための別の視点を与えてくれます。「お世継ぎ安泰」後の、安倍ボクちゃん政権下で、靖国問題は「国益論」を超えて日本近代史を今に突き詰める課題になりそうです。こういう論考には敬意を表します。
Commented by sabasaba13 at 2006-09-18 20:05
syunpoさん、こんばんは。過分なお褒めの言葉、汗顔の至りです。まだ出会えていない良書の数々に思いを馳せると、こんないかがわしい時代に生きていてもワクワクしてきます。
 政治家や官僚の言説に「暴力」の匂いを感じ取れるよう、感覚を磨いておきたいですね。「美しい国」などという意味不明な言葉をそのまま垂れ流すメディアには引導をわたしましょう。
Commented by sabasaba13 at 2006-09-18 20:05
magic-daysさん、こんばんは。どうぞどうぞ、拙いブログですがご遠慮なくTBしてください。「国家」について真剣に本気で考えてくださる方が一人でも増えてくれれば、これに勝る喜びはありません。
Commented by sabasaba13 at 2006-09-18 20:05
Pleiades Papaさん、こんばんは。感銘を受けた書が多くの人に読んでもらえた時の喜び、よくわかります。良書と思える本が少しでも広く読んでもらえるよう、微力ですが書評を続けていきたいと思います。ぜひいつまでも現役でいらして、面白い本を教えてください。
 「靖国問題の原点」は未読ですので、さっそく身銭を切って購入したいと思います。ご教示、ありがとうございました。
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