「ダーウィンの悪夢」

c0051620_8582322.jpg 先日、渋谷のシネマライズでドキュメンタリー映画「ダーウィンの悪夢」を見てきました。渋谷という街はどうも好きになれません。喧騒やいかがわしさにはそれほど嫌悪感を覚えないのですが、大量生産・大量消費の典型のようなうすっぺらい商品とそれに群がる人々があまりにも多すぎ見ていて辛くなります。没法子、洗面器に五分ほど顔をつける気持ちで我慢しましょう。ハチ公前交差点で信号が青になるのを待っていると、そばに史跡案内地図があるのを見つけました。山路愛山終焉の地、竹久夢二旧居跡、「春の小川」の碑、日本航空発祥の地などが附近にあるようで、どのような場にも歴史の古層があるものだなあと実感。センター街を抜けてスペイン坂を上ったあたりに映画館はありました。
 ストーリーを明かして面白みが半減するようなやわな映画ではないので、紹介します。生物多様性の宝庫であることから「ダーウィンの箱庭」と呼ばれていたアフリカのヴィクトリア湖に、半世紀ほど前、大食かつ肉食の外来魚・ナイルパーチが放流されました。この魚は、もともと生息していた多くの魚を駆逐しながら増え続け、湖の生態系を破壊してしまいます。さらにくせのない白身をもつこの魚にヨーロッパが目をつけ、EU出資による加工工場ができ、漁業もさかんとなり周辺地域は潤うことになります。しかし、富を求めて周辺住民が押しかけ失業者は急増、貧困やエイズが蔓延することになりました。それにともない売春婦も増え、エイズはさらに広まり、親を失ったストリート・チルドレンが溢れるようになり、町は荒廃していきます。そしてタンザニアを襲う飢饉。白身はヨーロッパや日本に送られますが、現地住民の食料となるのは残された頭部です。そして魚を空輸するための飛行機が、実は武器を運んでくることをスタッフはつきとめます。空港の査察が甘いことを利用して軍需産業が武器を密輸し、ここを中継拠点にしてルワンダやコンゴやスーダンに売りさばくわけです。後で気づいたのですが、暇そうな空港管制官が一所懸命にハエを叩き潰そうとしている冒頭のシーンがきいていますね。

 (あるとすればの話ですが)私の粗末な良心が、バールのようなもので激しくたたかれたような気分です。あまりにもおぞましい現在の世界、グローバリゼーションによる地域経済の破壊、そして人間性を奪われ生と死の境界線上を彷徨う人々。知識では知っており、拙ブログの書評でもいくつか紹介しましたが(「徹底解剖100円ショップ」「DAYS JAPAN」「ラテン・アメリカは警告する」「ルガノ秘密報告」「人間の安全保障」)、これだけリアルな映像でその現状をつきつけられると言葉を失います。私はこの惨状にどのように加担しているのか、なぜこうなったのか、何をすればいいのか…
 思い返すと、いくつものシーン、何人もの人々の姿が浮かんできます。一晩10ドルでパイロットに体を売る売春婦、日給1ドルで危険な仕事を行う夜警、魚の頭を煮る作業場で発生するアンモニアで片方の眼球を失った女性、エイズによって夫を失い絶望する妻、そして圧巻だったストリート・チルドレンたちの様子。地雷で片足を失った子供、食べ物を暴力で奪い合い子供、即席のドラッグ(魚の梱包材を燃やした煙!)を吸って虐待・恐怖・絶望を忘れようとする子供たち。ハンディ・カメラを駆使したスピーディーな、そして粒子の粗さが不安感を催させる映像が、いっそう臨場感を際立たせます。
 そして彼ら/彼女らが、吐き出すように、叩きつけるように、搾り出すように紡ぐ言葉の数々。いくつか紹介します。
きっとこの生活を続けるしかないのよ。(売春婦)
軍隊の給料はいい、戦争さえあれば軍隊に入れるのに。(夜警)
現代は天然資源を奪い合い、強い者が生き残る。一番強いヨーロッパ人が世界経済を牛耳っている。(漁民)
ヨーロッパはアフリカの"死"によって利益を得ている。(ジャーナリスト)
 一番心に残ったのが、輸送機を操縦するロシア人機長の言葉です。
 私はアンゴラへ戦車らしき物を運び、ヨハネスブルクまで飛びブドウを積み込んでヨーロッパに戻ったことがある。アンゴラの子供は武器をもらい、ヨーロッパの子供はブドウをもらう。…私は世界中の子供たちの幸福を望むが、どうすればいいんだろう… 言葉が見つからない…
 長期間にわたってこうした登場人物に密着し、その人生に寄り添い共感し、その視線をしっかりと受け止めて記録したフーベルト・ザウパー監督に敬意を表します。タイトルも卓抜ですね。"Darwin's Nightmare" 生存競争に勝ち残ったナイルパーチをさすとともに、人類内部でも強者(富者)が生き残り弱者(貧者)が淘汰されていく現状をさしているのでしょう。まさしく悪夢です。
 さあどうすればよいのか。フランスではナイルパーチの不買運動が起きたそうですが、そうした短絡的な行動で解決できる問題ではありません。(監督も、武器と愚かな行為のボイコットをしてほしいと語っておられます) とにかくまず世界の現状について知ること、そして周囲に知ろうと呼びかけること、そして考えること。フーベルト・ザウパー監督の言葉です。生命にとって最も大きな危険は「無知」だと思います。 私たちの良心や感性や理性を覆う厚い皮膜を、ぞりっと削ぎ落としてくれるソリッドな刃のような映画です。ぜひ一人でも多くの人に見てほしいと心から思います。

●公式サイト http://www.darwin-movie.jp/

 映画館から外へ出ると、そこは色・音・物に溢れた虚飾の街。ギャップの激しさに思わず立ち眩みをしてしまいました。でも経済の中に社会が組み込まれているという意味では、映画に登場した場所と本質的には変わらないのかもしれません。(もちろん“死”に対する距離には雲泥の差がありますが) ストリート・チルドレンのように地べたに座り込み、口を開けながら携帯電話の画面を凝視している若者たちを見かけました。もしかすると携帯電話は、梱包材を燃やした煙のように、日々の不安から逃れるための即席ドラッグなのかもしれません。
by sabasaba13 | 2007-01-28 08:59 | 映画 | Comments(0)
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