「シカゴ」

c0051620_743675.jpg 先日、山ノ神の誘いに乗って、ミュージカル映画「シカゴ」を見てきました。私は映画に疎いので知らなかったのですが、2002年のアカデミー作品賞を受賞したそうです。ボブ・フォッシーの演出で知られるブロードウェイの人気舞台劇の映画化ということで、これは期待できそうです。
 舞台は禁酒法時代のシカゴ、ヴォードヴィルのスターを夢見るロキシー・ハート(レニー・ゼルウィガー)は、浮気相手がついた嘘に怒り彼を射殺、刑務所にぶちこまれます。そこには彼女の憧れであった歌姫ヴェルマ・ケリー(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)も殺人罪で服役していました。敏腕弁護士ビリー・フリン(リチャード・ギア)を雇って無罪を勝ち取ろうとするロキシーと、それをじゃまするヴェルマ、はてさて結末は…
 何といっても、主役を演じるレニー・ゼルウィガーの蠱惑的な演技には脱帽。キュートな殺人犯としてスターダムにのし上がろうとする何とも凄まじい上昇志向を燃え滾らせる悪女なのですが、どこか憎めない間の抜けたキャラクターを上手く演じています。その千変万化のコケティッシュな表情を見ているだけで頬が緩んできます。歌、踊り、ともに及第点。難を言えば、魅力的な挿入歌が少ないことかな。ロキシーに足蹴にされる夫エイモス(ジョン・C・ライリー)が歌う「ミスター・セロファン」(存在感の薄い己を自嘲する歌)はしみじみと心に響きましたけれど。
 もう一つの見どころは、陪審員やマスメディアを味方にするための弁護士の手練手管。腹話術師のようにロキシーを操ってお涙頂戴の話をでっちあげ、メディアや陪審員を誘導していくシーンは抱腹絶倒、そして身の毛がよだちました。深読みをすれば、アメリカ社会への痛烈な批判なのかもしれません。耳目を驚かせるエキセントリックな報道で民衆を煽りたてて民意を操る手法に、アメリカ政治の姿がちらつきます。(そして小泉元軍曹の姿も…) 「歓声の中で真実の声がかき消される」という歌詞が今も耳の奥に残っています。
 主人公と同じ刑務所にいる女囚が死刑にされるシーンも衝撃的でした。彼女が絞首刑にされるシーンと、彼女を縄抜け芸人と見立ててショーを演じるシーンを、オーバーラップさせながら映していきます。最後の瞬間で、死刑を見物していた観衆と、ショーを見物していた観衆の拍手喝采がだぶってスクリーンに映し出されるのですが、鳥肌が立ちました。アメリカの死刑制度に対する批判もこめられていると思います。
 というわけで、凡百のミュージカルとは一線を画す、なかなか良い映画でした。ただ、戦間期のヴォードヴィルが舞台で、ボブ・フォッシー演出となると、どうしても「キャバレー」(監督:ボブ・フォッシー)と比較したくなります。となると、魅力的な挿入歌、ライザ・ミネリの見事な歌と踊り、時代背景(ナチス政権下のベルリン)の鋭い描写、という点でやはり「キャバレー」に軍配をあげます。そうそう、この映画に登場するマネージャーのような、強烈な個性を振りまくあくの強い脇役がいないのも惜しいですね。「俺も狂っているけれども、お前たちも狂っている」と語りかけるような、彼の視線は忘れられません。未見の方にはお薦めの逸品です。
by sabasaba13 | 2007-02-12 07:43 | 映画 | Comments(0)
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