「民権と憲法」

 「民権と憲法」(牧原憲夫 岩波新書1043)読了。「幕末・維新」に続く、シリーズ日本近現代史全10巻の第二弾です。筆者には「客分と国民のあいだ」(吉川弘文館)という大変刺激的な好著があるので、近代化の端緒となるこの重要な時期を斬新な視角で分析してくれるのではないかとワクワクしながら読み進めたのですが、期待どおりでした。凡百の歴史書を凌駕する一冊、お薦め。以下の五つがテーマです。諸勢力の理念・利害が錯綜するなかで帝国憲法体制がどのように形成されていったのか、民権運動と民衆はどのような関係にあったのか、社会の近代化が人びとの生活や意識にどのような変化をもたらしたのか、「文明的」という価値基準が北海道・沖縄を含むこの時期の対外政策のなかでいかに機能していたか、「文明的」・「日本的」という二つの価値基準が相互補完的に国民統合を果たしていったのだがその仕組みはどのようにつくられたのか。今、近代化について興味を持っているので、それに関する論考が特に勉強になりました。著者は近代化を次のようにとらえています。長文ですが、引用します。
 近代は「囲い込み」の時代である。本来境界のない土地の一部を柵で囲って「ここはおれの土地だ、どう使おうと自由だ、勝手に立ち入るな」と宣言する。これが近代的所有権(私的所有権)の論理である。それは、「独立した個人」への干渉を排除する自由権や参政権(租税共議権)の基礎になるとともに、土地と住民を国境線によって囲い込み、排他的な国家主権を根拠に内政干渉を拒否する独立国家の論理ともなった。所有・自由・参加・独立などの権利要求と排他的な私益・国益追求が表裏一体であることこそ「近代」の特質であり…

 近代はまた「欲望」の時代であった。国民国家と資本主義が近代の二大構成要素といわれるが、暴力的な抑圧や一方的な搾取にもまして、人びとに自らの才覚と努力によってわずかでも経済的・社会的地位を上昇させたいという願望をかきたて、あるいは、「国民のひとり」として国家に貢献し国益追及に同調しようとする意欲をもたせること、つまり、「欲望を喚起する」ところにこそ、近代の近代たる所以があった。ただし、そのためには刻苦勉励をだれかに強制されたものではなく、自発的な意志、自主的な選択であると思わせる具体的な仕掛け、すなわち「制度」が不可欠であった。
 経済的自由主義に基づく「強者の自由」のもとで、だれの助けも期待せずに自らを律し、過酷な労働条件に耐えながら、生活水準の向上を求めて自己と家族のために懸命に働きつづけねばならないのが「近代」という時代なのですね。以上のことを自発的な意志であると思い込ませるための、そして国益や国家の威信が自分の利益や矜持に直結すると思い込ませるためのさまざまな仕掛けや制度を網の目のようにはりめぐらしたのも「近代」という時代です。試験・体操・制服・唱歌といった学校文化を、そうした仕掛けとして読み解くあたりは非常に興味深いものでした。

 こうしてみると、今でも「近代性」が私たちをがっちりと内縛していることがよくわかります。そしてそのための仕掛けや制度を、せっせこせっせこ政財界諸氏が再生産・再構築しようとしていることも。ただ、今世界が抱えているいろいろな問題の多くが、この「近代性」から生み出されたものだということは間違いないと思います。環境破壊、人間の孤立化、テロリズムと民族紛争… どうしたら「近代性」の非人間的な側面を解消できるのか、大変難しい問題ですが立ち向かわねばならないでしょう。とりあえず、他者との共生を断ち切ってまで刻苦勉励することと、国益や国家の威信と自らの利益・矜持を直結させることは、仕掛けや制度によって人工的につくられたものだと強く意識しつづけることが大事かなと思います。そしてそうした仕掛けや制度に簡単に騙されない力(これこそ学力だと思います)を身につけること。安倍伍長たちが国益だの国家の威信だのとわめきちらしたら、「それは私とどういう関係があるのか、500字以内で述べよ。ただし句読点は一字とする。」とみんなで半畳を入れましょう。

 ふろく。勝海舟がこんなことを語っていたそうです。さすが!
 山を掘ることは旧幕時代からやって居た事だが、旧幕時代は手のさきでチョイチョイやって居たんだ。海へ小便したって海の水は小便にはなるまい。手の先でチョイチョイ掘っていれば毒は流れやしまい。今日は文明だそうだ。文明の大仕掛けで山を掘りながら、その他の仕掛けはこれに伴わぬ、それでは海に小便したとは違うがね。…わかったかね…元が間違っているんだ。
 もひとつふろく。死の半年前に海舟が田中正造に宛てた証文です。
 田中正造

百年之後、浄土又地獄罷越
候節は、屹度惣理に申付候也

半死老翁
請人  勝 安房

阿弥陀 焔魔 両執事 御中

by sabasaba13 | 2007-03-14 06:24 | | Comments(2)
Commented by renqing at 2007-04-01 06:32 x
牧原氏の同書につき、書評を試みました。TBを付けさせていただきます。ご参考になれば。
Commented by sabasaba13 at 2007-04-04 17:20
 こんばんは。TBをどうもありがとうございました。さっそく拝見させていただきます。
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