山陽編(3):呉~大久野島~竹原(04.10)

 前中は軍港・呉を歩くつもりです。さっそく朝八時頃観光案内所に行くと、ぬぅぅわんと10:00開店。置いてあるパンフレットには地図が載ってない。貸し自転車がないのはいいとして、これは許せぬ所業。「さえりゃーせん」と捨て台詞をはいて、大久野島に行き、午後は尾道を散策しようかとロッテリアでハンバーガーを食べながら考えているうちに、ゴルゴ13のように冷静になれました。位置的にいって、呉は旅程に入れにくい、もう二度と来ないかもしれない… というわけで、思い直しました。コンビニエンス・ストアで呉市地図を購入するという裏技を使い、散歩開始。幸い快晴で気持ちのよい散策ができました。港を一望できる「歴史の見える丘」に行き、正岡子規と反戦歌人渡辺直己の歌碑を拝見。眼下には石川島播磨重工業の巨大なドックと工場群が、有無を言わさぬ迫力で広がっています。戦争と企業の結びつきを体で実感できました。
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 海上自衛隊の基地と煉瓦倉庫群が見える「アレイからすこじま」に行くと、潜水艦が曳航されてくるところでした。そして多数の軍艦と、在日米軍弾薬廠。コーネル大学のマーク・セルデン教授はテロを以下のように定義しています。「一九四九年のジュネーヴ協定をもとに、私はテロリズムを一般市民および彼ら/彼女らを支える環境に対して暴力ないし威嚇を組織的に使用すること、と定義する。」そうすると米軍が行ってきた/行っている行為はテロリズムです。詳細は「アメリカの国家犯罪全書」[ウィリアム・ブルム著 作品社]を参照してください。(ちなみにアメリカ政府は、テロリズムの正式な定義を示していないとのこと。そりゃできないよね。)すると「テロリストを支援する者もテロリスト」というブッシュ大統領の論理に従えば… 慄然とします。なお旧日本軍の魚雷用クレーンという珍しい物件もありました。
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 そしてバスに乗り、呉と倉橋島に挟まれた音戸の瀬戸へ。音戸の瀬戸は、平清盛が沈む夕日を扇で招き返して一日で開削したという伝説があります。さっそく日本で一番短い定期航路「音戸の渡し船」に乗船し向こう岸へ。桟橋に立っていると対岸から迎えに来てくれるという心温まるシステムです。料金は70円。清盛塚を見て、また渡し船で戻り、高台にある公園へ。瀬戸と大橋と渡し船と多島海を一望できる、素晴らしいビュー・ポイントです。
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 バスで呉市内に戻り、入船山公園にある旧呉鎮守府長官官舎を見物。金唐紙を使用した珍しい洋館です。戦艦陸奥のスクリューや大時計などもありました。
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 さて歩いて呉駅に行き、呉線で忠海(ただのうみ)まで移動。ここから今回のメイン・ イベント大久野島までフェリーで渡ります。15分ほどで到着すると、無料の送迎バスが国民休暇村まで連れて行ってくれます。 周囲約4kmの小さな島ですが、日本陸軍の毒ガス工場として、東京第二陸軍造兵廠忠海製造所が昭和4年に設置され、 昭和20年終戦後米軍により破壊されました。この工場は、各種の毒ガスや信号筒風船爆弾が製造されましたが、 イペリットの生産に重点がおかれていたとのことです。まずフロントで自転車を借り、レストランで冷凍のミックス・ ピザを食べながら案内を呼んでいると、うさぎの餌を売っていると書いてあります。実は実験用のうさぎが野生化したのですね。 さっそく購入すると、皮製の分厚い手袋も貸してくれました。オーバーだなあと思いつつ受け取り、自転車にまたがると、 すぐにうさぎたちが十数羽ワサワサと集まってきました。掌に餌を乗せると、 爪を立ててかぶりついてきます。手袋は必需品だった。 それにしても嬉しい。実は私、うさぎが大好きなもので… 至福の時間を堪能いたしました。
 雲ひとつない快晴、整備されたサイクリング道路、自動車は入島禁止、そして瀬戸内海と島々の見事な眺望。頭の中が真っ白になるくらい気持ちのよい走りでした。途中で頂上にある展望台への登り道がありました。きつそうなので躊躇しましたが、「とりあえず一番高い場所へは登る」という山ノ神の箴言を思い出し、自転車を置いて徒歩で十数分ゼイゼイ言いながら登りました。するとそこは完全に360度のパノラマ、もう絶句。海と空の青、遠近によるグラデーションを楽しめるたくさんの島影、その間を縫うように行き交う船。やはり彼女は正しかった、なぜなら神だから。Q.E.D.
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 そして圧巻は、島のあちこちに廃墟と化して残る貯蔵庫、発電所、研究所、砲台といった毒ガス関連の施設です。この島で何が行われていたかを物語る無言の証人ですね。その圧倒的な存在感と虚無感には胸を打たれます。人間の愚劣さを巨大な造形にしたモュメント。崩壊寸前で危険なのでしょう、すべて環境省による立入禁止の柵と看板があるのですが、実は簡単に入れます。 柵の両サイドが開いていたり、一跨ぎできるタイガーロープが張ってあったり。勿論中に入りました。 これはきっと環境省史跡保存課課長岩田喜三郎氏の考案で、「入ってもいいけど責任は自分で取れよ、 こちらはダメと言ったんだから責任はないぜ」 ということなんでしょう。気に入った。
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 そして毒ガス資料館でこの島の歴史について学んできました。というわけで、 大久野島はお勧めですね。 戦争史跡と廃墟とサイクリングと海と冷凍ピザがお好きな方には、一押しです。今度は休暇村に泊まって、 夕陽を眺めたいな。
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 フェリーで忠海港に戻り、さあどうしよう。宿泊地尾道に直行するか、少し西へ戻って竹原を見てくるか。大久野島のおかげでアドレナリンがビシビシ分泌しているのでしょう、勢いで竹原に寄ってきました。竹原は塩田で栄えた町で、古い町並みが残っているとのこと。保存地区に着くと、午後5時をまわっているのでもう薄暮です。ご当地出身の頼山陽の銅像がお出迎え。無理せず自然体に古い家並みを残してあるのがいいですね。徘徊する観光客はたぶん私一人。じょじょに暮れなずむ街に佇んでいると、濃密な閑けさ・寂しさに包まれます。耳を澄ますと、猫の鳴き声、子供の声、自転車のブレーキの音、一家団欒の声、水の流れる音、腹の虫の鳴く声が微かに聞こえてきます。消防団番所の赤いランプが怪しく輝く。すると近くの駄菓子屋から♪つつがなしや、ともがき… ♪というメロディ。次に♪菜の花畠に入日薄れ…♪が流れたら、もう涙腺が決壊しそうなのであわてて立ち去りました。夕暮れ時に観光地を訪れるというのは、けっこう賢明な選択肢ですね、勉強になりました。
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 駅前の看板に座布団を一枚あげ、そしていざ尾道へ。夕食は「みっちゃん」で尾道風お好み焼きを食しました。客の眼前で味の素をふりかけるのはやめたほうがいいですよ、女将。
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 本日の一枚は大久野島旧発電所です。
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by sabasaba13 | 2005-02-08 19:43 | 山陽 | Comments(7)
Commented by be-happy-life at 2005-02-27 09:49
TBありがとうございました。
大久野島・・・とてもくわしく知ることが出来ました。
やはり、わたしの想像以上に昔の恐ろしいあとがたくさんあるようですね。
とても素晴らしい写真を見せていただきました。
ありがとうございます。
Commented by sabasaba13 at 2005-02-27 17:17
 こんにちは。コメントをありがとうございました。恐ろしい跡ですが、直視してきました。(無断立入も…) 実際にここで製造した毒ガスを、実戦で使用したことも銘肝しました。それをふくめてまた訪れたい島です。今度は宿泊して、夕陽と朝日にきらめく瀬戸内海を眺めたいな。それでは。
Commented by nezumineko at 2005-02-27 23:36 x
TBありがとうございました。
大久野島の続きの写真をアップするのを忘れていました。
呉や竹原など、他にもイロイロよりたかったですが、時間無く断念しました。
Commented by sabasaba13 at 2005-02-28 21:31
 こんばんは。大久野島の写真はぜひ拝見したいですね。小生も戦争遺跡に興味があり、できるだけ事前に調べて旅程に組み込むように心がけています。情報がありましたら、ご教示ください。それでは。
Commented by カトママ at 2006-08-10 23:13 x
こんばんは。TB有難うございました。私は展望台に登らなかったんですが今ちょっと後悔してます(笑)ウサギ達も可愛かったですね。ただ昔実験に使われていたウサギの子孫なので当時の影響か奇形のコなんかがいたりして可哀相でしたが歴史の生き証人としてある意味大切だと思いますね。
Commented by sabasaba13 at 2006-08-11 09:16
 こんにちは。今度はぜひ宿泊して、展望台から朝焼け・夕焼けを見てみたいと思います。奇形のウサギについては、まったく気づきませんでした。そうだったのか…
Commented at 2010-04-29 16:21 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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