「ロング・グッドバイ」

 「ロング・グッドバイ」(レイモンド・チャンドラー 村上春樹訳 早川書房)読了。大好きなんだなあ、この小説が。高校生の時にはじめて読んで以来、何度読み返したことでしょう。と言っても三回ぐらいか。清水俊二氏の訳によるハヤカワ文庫「長いお別れ」は今でも手元にありますが、もうぼろぼろです。フィリップ・マーロウが主人公となる長編小説は本書の他に「大いなる眠り」「さらば愛しき女よ」「高い窓」「湖中の女」「かわいい女」「プレイ・バック」がありますが、高校から大学にかけてむさぼるように読みました。しかしストーリーの面白さとマーロウの描写という点では、「長いお別れ」が一頭抜きん出ていると考えます。そろそろ読み返そうかなあと思っていたそんな時に、渋谷の書店に平積みされていたのが本書。これまた私の大好きな村上春樹氏の新訳というだけで、もう垂涎、即購入、あっという今に読み終わりました。
 作品についての分析は最後に記されている村上氏の一文にまかせるとして、やはり面白い。翻訳自体を批評する力量はありませんが、何の違和感もなくすらすらと読み通せました。もちろんいろいろな苦労を村上氏はされたようですが、その詳細も巻末に載っています。偶然知り合ったテリー・レノックスとの奇妙な友情を軸に、一癖二癖ある登場人物がくりひろげる事件と、それに巻き込まれながらも立ち向かう私立探偵マーロウ。不撓不屈、どんなに困難な状況においても、膝は曲げるが頭は下げず、自分なりの流儀を貫き通そうとする誇り高き人物です。生きていく際のお手本として意識した小説上の人物はあまり多くないのですが、かれは確実にその一人でした。無理とはわかっていても「こんな時マーロウだったらどうする?」と自らに問うた経験もありました。そしてこの作品のもう一つの魅力は、卓抜な科白です。皮肉、嫌味、恫喝、達観、批判、からかい、いろいろな形をとりながらチャンドラーがつむぎだす言葉の魔術。いくつか抜粋しますので、ご賞味あれ。
 面倒を引き受けるのがそもそも私の職業なのだ。

 すまないでは収まらないことが世の中にはある。君のような人間はいつだって、手遅れになってからすまながるんだ。

 法律は正義じゃない。それはきわめて不完全なシステムなんだ。もし君がいくつかの正しいボタンを押し、加えて運が良ければ、正義が正しい答えとしてあるいは飛び出してくるかもしれん。

 カーン機関の調査員から見た君のような安物探偵は、トスカニーニから見たオルガン弾きの猿みたいなものなんだ。

 世間の多くの人々は、自分のエネルギーの半ば近くを、もともとありもしない威厳を護ることに費やしつつ、汲々と人生を送っているのです。

 それが犯罪とビジネスとの違いなんだ。ビジネスには資本が不可欠だ。両者の違いといえば、まあそれくらいのものだろう。

 まとまった額になると、金は一人歩きを始める。自らの良心さえ持つようになる。金の力を制御するのは大変にむずかしくなる。

 私は薄汚くよこしまな大都市に生きることを選ぶ。

 私はロマンティックなんだよ、バーニー、夜中に誰かが泣く声が聞こえると、いったい何だろうかと思って足を運んでみる。

 釘を刺されたときは、おとなしく釘を刺されたままにしておいた方が無難だぞ。

 私が常々驚かされるのは、訊いてまわればたいていのことは簡単にわかるという事実に、人々があまり思い当たらないことです。

 私はキッチンに行ってコーヒーを作った。大量のコーヒーを。深く強く、火傷しそうなくらい熱くて苦く、情けを知らず、性格のささくれだったコーヒーを。それはくたびれた男の血液となる。

 さよならを言うのは、すこしだけ死ぬことだ。
 最後にあげた極めつけの名文句、清水俊二氏は「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」と訳されています。原文は“To say goodbye is to die a little.” うーん、これは村上氏に軍配をあげましょう。
by sabasaba13 | 2007-07-08 07:24 | | Comments(0)
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